【朝カルTimes: vol.20】古墳の多い千葉で魅力発掘(千葉)
※千葉教室は、2025年9月末日をもって営業を終了しました。

全国で古墳の数は16万基。そのうち千葉県内には2万基近くあるそうです。古墳といえば、大阪や京都、奈良など近畿地方が圧倒的に多いと思っていたので、とても意外です。なぜ、千葉にこれだけ多いのでしょうか。そんな疑問や謎にも答えてくれる講座が千葉教室にあります。日本全国の古墳を訪ね、特徴や歴史的な意味を解説する「古墳探訪」。講師は考古学者の白井久美子さんです。(千葉教室長・田中敏行)
掲載日:2024年11月7日
愛馬を手厚く葬った痕跡か
白井久美子さんは千葉県出身で、千葉県立房総のむら主任上席研究員。10月期の初回、10月25日の講座を私も受講しました。教室にいる6名のほか、オンラインからも受講があります。10月期のテーマは、「古墳時代の房総における馬文化を探る」。

白井さんは「房総の馬文化といっても、古墳時代に馬を飼っていた痕跡があるか、長年の課題でして」と語り始めました。「江戸時代に御料牧場の前身となる牧が作られて、それがいつ頃までさかのぼることができるかは研究者が検討している課題。さらに古墳時代になると、文字史料が残っていないので、いったいどのような状況だったか、遺跡の痕跡を見ていくしかないんです。佐倉市の古墳時代を取り上げることで、房総半島、さらに馬が日本に取り入れられた時代の話を始めたい」と、きっぱりした口調で続けます。
ここから佐倉市大作31号墳の紹介に入ります。新しい工業団地を作る前の調査で出土した広大な佐倉市岩富古墳群。スクリーンには31号墳の場所を地図で映しながら、説明を加えていきます。スクリーンの写真が「馬歯・馬具出土状況」に変わります。「この31号墳には非常に面白い史料が残っていたんです。1号土坑に人間ではなく、馬が入っていました。主人公が、慣れ親しんだ愛馬を埋葬したのかもしれません」。馬の歯や首、頭、鞍の金具も近くにあり、馬具を着装したまま馬に乗れるような状態だったと指摘します。非常に手が込んだ鞍金具、栗の形をした金めっきのおしゃれな飾り金具。「大切にした愛馬を手厚く葬ったと考えてよいと思います。馬を埋葬する有力者が現れた。千葉県では最も古い5世紀台の馬具として注目されます」と語ります。
この後、佐倉市と同じように馬が埋葬された全国各地の例を紹介。中でも、貝塚の中にある埋葬馬の骨が目立ちます。「貝のカルシウムが骨を守ってくれるので、すごく保存状態が良いんです」と解説してくれました。

埴輪が一つもない佐倉の謎
「古墳時代の馬屋発見」とスクリーンに文字が映し出されます。群馬県・榛名山の軽石や火山灰に埋もれた黒井峯遺跡などでは、家畜小屋を持つ世帯が発見された、と白井さんは話します。「当時、家畜として馬を飼っていた可能性が高い。人間が住んでいたという感じではない。倉庫にしては柱が細すぎる。多くは馬屋だったのでは」との見立てを語ります。馬にまつわる遺物、馬形の石製品、馬形の土製品も出土されており、盛大な祭りに使った可能性もあるといいます。
「今、日本に大陸から馬が導入されたのは、4世紀にさかのぼるという説が有力になってきました。4世紀後半には、馬具が日本列島に入ってきているのではと考えると、千葉県は入ってくるのが遅い地域。最初に房総半島に馬が入ってきたのは5世紀初めから中頃と考えられます」と時期を解説します。畑沢埴輪窯(木更津市)、供給先の内裏塚古墳(富津市)、さらに乗馬の風習と新しい矢入れ具へと、説明が続きます。

スクリーンには、「東日本の出土馬具からみた馬文化」「馬具出土状況」の地図が現れました。長野、群馬に馬具の出土数が多いのが目を引きます。白井さんは「大阪に馬が上陸して以来、最初に目を付けたのが長野県での馬の飼育。広大な高原地帯に放牧できる。馬のふるさと、ユーラシア大陸の乾燥した平原に気候が似ている。人間が乗る装備をした馬が多いということで馬具の数が多いということだと思います」と理由を述べます。
最後に白井さんは「これからまじめに考えていきたい」と、こんな疑問を口にしました。「佐倉市の古墳群には200基近い古墳が固まっている。これだけたくさん古墳があって、時期も5世紀~7世紀ですが、埴輪が一つもない。なぜ埴輪を持たなかったのか。千葉県でただ一つ馬を埋葬している古墳。その2点がうまくつながるのかどうか」
自分の目で歴史を確かめて
白井さんに専門の古墳について尋ねました。
――古墳に注目する理由や面白さとは何ですか?
文化のエッセンスを凝縮したものが古墳の副葬品ではないでしょうか。その時代のエポック的なものや新しいものが一番最初に入ってくるのが副葬品。楽しいなと思いました。日本文化の最高峰のものを手に入れようとして、それぞれ有力者がシンボリックなものを集める。それが古墳の副葬品に反映されているので、千葉県の豪像がどういう動きをしていたのかも分かるのではないかと思います。
――古墳の数は?
全国に16万基あると言われていますが、千葉県は小さいもの多いが2万近い。王権の中心部から離れているので、作らせてもらえる階層が緩かった。裾野が広く、規制がなく自由に作れたのではないでしょうか。前方後円墳も小さいが、数は全国一多い。千葉は独特の歴史があり、地域の個性が発揮されたのが古墳時代だと思います。

――受講者にはどんなことを学んでほしいですか?
社会科の教科書に出てくる歴史と現実はずいぶん違います。とくに古代は文字のない時代なので、どう解釈するかによって変わってしまいます。自分の目で見て、歴史を確かめてほしい。地方から見た日本史がより重要な視点になっていることを古墳から養ってもらえればうれしいです。軸足を関東地方に置いたら、古墳時代はまた違った時代に見えるのではないか。中央政府が考えるほどに、その地域の人たちは身分が低いとか、文化が発達していないとは思っていなかったのではないでしょうか。
講師プロフィール

白井 久美子(しらい・くみこ)
千葉県立房総のむら主任上席研究員、学習院大学非常勤講師。千葉県出身。1977年早稲田大学第1文学部史学科卒業。78年千葉県教育庁文化財課 文化財センター・史料研究財団勤務、2000年千葉大学大学院社会文化科学研究科後期終了、学位取得。主な著書『古墳から見た列島東縁世界の形成』(千葉大学考古学研究叢書2 2002)、『古墳時代の実像』(吉川弘文館 2008 共著)、 『古墳から寺院へ』(六一書房 2013 共著)。
この連載について
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