【朝カルTimes:vol.16】新古今和歌集の世界を1首ずつ(横浜)

約1980首ある「新古今和歌集」を8年前から毎回数首ずつ精読している講座が横浜教室にあります。講師はフェリス女学院大学教授の谷知子さん。新古今だけでなく関連する多くの歌を紹介し、「源氏物語」「伊勢物語」などの物語や伝承にも広げて、艶(えん)・幽玄という美意識に支えられた新古今の世界を描き出しています。(横浜教室長・蝶名林薫)
掲載日:2024年10月10日
後鳥羽院と藤原定家の一騎打ち
新古今和歌集は後鳥羽院(1180~1239年)が藤原定家らに命じて編集させ、鎌倉時代初期に成立しました。古今和歌集(905年成立)に始まった勅撰(ちょくせん)和歌集としては8番目になります。
9月27日の講座では恋歌の5首、1033番から1037番を取りあげました。1033番はその後鳥羽院の「思ひつつへにける年のかひやなきただあらましの夕暮の空」。
谷さんは解説します。「この歌が面白いところは『あらまし』という言葉です。『まし』は反実仮想で、事実はそうではないけれども仮想するんですね。こうあったらいいのになって思う。この当時の恋人たちは夕暮れ時に会って、夜が明けたら男は帰るわけですから。来てくれたらいいのに、会えたらいいのになって思う夕暮れの空ですね」

これは、新古今和歌集の撰集を命じた翌年の建仁2(1202)年6月、後鳥羽院が現在の大阪府島本町にあった水無瀬(みなせ)離宮の釣殿で、藤原定家に「海辺見蛍」「初恋」など6題で6首を詠ませ、それに自詠6首をつがえて優劣を決めた「水無瀬釣殿当座六首歌合(うたあわせ)」の中の1首です。後鳥羽院自らが判を下し、定家の勝ちが3、引き分け2、自らの勝ちは1としました。定家に勝ちを多く譲り、後鳥羽院が唯一勝ちとしたのが、「久恋」のお題で詠まれたこの歌です。
文武両道で中世屈指の歌人でもあった後鳥羽院と、18歳年長で当時最高の歌人とされる藤原定家。谷さんは「後鳥羽院は定家の才能にほれ込み、しょっちゅう水無瀬に呼び、歌会などを開いていました。この歌合はその両巨頭による画期的なもので、どの歌も見事です」と言います。
谷さんは、この歌合で詠まれた12首についてすべて解説し、話は、歴史物語「増鏡」や「伊勢物語」、「源氏物語」の常夏の巻にも及びます。
釣殿は池に臨むバルコニーのような建物。後鳥羽院は、この水無瀬離宮がお気に入りで、都から足しげく通いました。夏には納涼の宴を開き、源氏物語で光源氏が「いと暑き日、東の釣殿に出でたまひて涼みたまふ」として納涼の宴会が描かれているのをまねて、「光源氏になりきった」こともあるそうです。
式子内親王と恋歌とのギャップ
この日続いて取りあげたのは式子(しょくし)内親王で、秘密の恋の3首です。後白河院の三女として1149年に生まれ、11歳から10年間にわたり京都の賀茂神社に「斎院」として奉仕しました。中世を代表する女流歌人で、新古今和歌集には女性最多の49首が選ばれています。愛子さまが大学の卒業論文のテーマにしたことでも話題になりました。
1034番「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする」

(愛知県立大学長久手キャンパス図書館蔵)
「百人一首」にもある有名な歌。谷さんの解説です。「玉の緒が切れるということはネックレスの真珠がばらけるイメージなんですけど、死を意味するんですね。私の命よ、絶えるなら絶えてしまえ。このまま生き永らえたならば、忍ぶ恋をたえしのんでいる力が弱ってしまうかもしれないからっていう歌です」
「式子内親王の歌は非常に優れていて、すごく繊細な歌が多い。生涯独身ですし、思春期の10代すべて、神様にお仕えして暮らしていたわけですから、恋愛からほど遠いはずです。それなのに、ものすごく激しい、命がけのような恋の歌をたくさん詠んでいます、しかも忍ぶ恋を。だから、やっぱり何か忍ぶ恋の経験があったんじゃないかって思われる。そのギャップも彼女の歌の魅力です」
式子内親王は定家と恋愛関係にあったという説もありますが、年齢差などからして後世の作り話とみられています。「交流はあったと思いますが、式子内親王の演技というか、仕掛けられたお芝居だったのではないかと思うんです。だから惑わされるというか、あえて惑わせている、という気もします」
高3の夏の「夢」で理系から転進

谷さんは高校3年の夏、自分が死ぬ夢を見て「このまま親の言いなりになってレールを歩んでいたら、絶対に後悔する」と覚醒。親に勧められて医学部を目ざしていたが、「好きなことをしよう。古典を学びたい、文学を研究したい」と決めたそうです。
「大学生の時に勅撰和歌集で初めてちゃんと読んだのが新古今和歌集で、驚きの連続でした。こんなに完成されたものがあるのかって」「女流歌人もたくさん入っていてバラエティーに富んでいます。それでいて、季節の移り変わりなどの配列が見事。歌人の並べ方も意図的で、万葉集から平安、鎌倉初期まで時代が違っていても歌風に違和感のない並びになっています」
2016年7月に始まり、月に2回開くこの講座は半分を超えたところ。10月期以降も「恋の歌」が続きます。「源氏物語もけっこう読んでいます。いろんな題材が出るたびに源氏物語を読んで、恋の部が終わるときに、正編だけでもだいたい読めたらいいと思っています」「知識だけじゃなく、どうやって生きればいいのかというヒントになるとうれしい。人生のキャリアを積んだ方の心に響く講座にしたいと思います」
講師プロフィール

谷 知子(たに・ともこ)
フェリス女学院大学教授。1959年、徳島県生まれ。大阪大学国文学科卒業、東京大学大学院博士課程単位取得。博士(文学・東京大学)。専攻は中世和歌。著書に「ビギナーズクラシック角川文庫『百人一首(全)』」(KADOKAWA)、『古典のすすめ』『天皇たちの和歌』『和歌文学の基礎知識』(角川選書)、『中世和歌とその時代』(笠間書院)、『かきやりし黒髪-恋歌への招待』(フェリスブックス)、『愛と生を紡ぐうた 百人一首』(PHP研究所)などがある。
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この連載について
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