527年に勃発した磐井の乱から1500年を迎える節目にあたり、最新の考古学的成果から磐井の乱を考えます。 5世紀、倭王権と葛城氏の対朝鮮半島政策の中で抬頭した八女集団は、渡来系集団の生産技術によって筑後川・矢部川水系に勢力を伸ばし、石人山古墳を残しました。しかし5世紀後半の雄略朝には見沼君や的臣らの抬頭と比例するように凋落し、6世紀初頭、百済・武寧王と継体大王の軍事的連携の中で八女の首長は勢力を回復します。大王の宮に上番した磐井は大抜擢されますが、ヤマト政権の百済に対する軍事支援は北部九州の首長に過剰な負担となり、ついには磐井の乱が勃発したと考えられます。その後、北部九州には糟屋屯倉・那津官家などのミヤケが設置されます。本講座では、九州の古墳時代後期遺跡に注目し、磐井の乱を掘り下げます。 10月19日 [「筑紫君の勃興と渡来人−石人と馬・初期須恵器からみた5世紀の筑紫−」](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=9102760) 11月16日 [「筑紫君の凋落と的臣・水沼君−月岡古墳の主は平西将軍か―」](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=9102762) 12月21日 [「筑紫君の復活と百済への軍事支援−玄界灘を渡った筑紫の馬−」](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=9102763) 1月18日 「磐井の上番と継体大王−磐井の青春と同期生を考える−」 2月15日 「筑紫君磐井の乱と岩戸山古墳−石人石馬・埴輪からみた磐井の実像−」 3月15日 「筑紫国造葛子と糟屋屯倉−粕屋町鶴見塚古墳は葛子の墓か―」 ※各回受講もできます。会員4,092円 一般4,642円
桃�ア 祐輔:福岡大学人文学部歴史学科教授 1967年(昭和42年)3月12日生まれ。福岡大学人文学部教授(考古学) 福岡県福岡市出身 筑波大学大学院歴史・人類学研究科文化人類学専攻を単位取得退学。東京国立博物館事務補佐員、筑波大学助手を経て2004年に福岡大学に着任。2018年に中国社会科学院考古研究所・吉林大学・西北大学で1年間の在外研究に従事。ユーラシア騎馬文化・中近世仏教考古学が専門で「中世とは何か」の解明をめざす。 主な著作に「高句麗太王陵出土瓦・馬具からみた好太王陵説の評価」(『海と考古学』2005)、「七支刀の金象嵌銘技術にみる中国尚方の影響」『文化財と技術 4』2005)、「中世棒状鉄素材に関する基礎的研究」(『七隈史学』第10号)、「九州の屯倉研究入門」(『還暦、還暦?、還暦!』2010)、「九州出土子持勾玉研究入門」(『福岡大学考古学論集2』2013)、桃崎祐輔「騎馬文化の拡散と農耕文明との融合−江上騎馬民族征服王朝説が描く文化融合モデルとその今日的意義−」(『今、騎馬民族説を見直す』2014)「山の神古墳出土馬具の検討―2セットのf字形鏡板付轡・扁円剣菱形杏葉の年代とその意義―」(『山の神古墳の研究』2015)「金属容器」(『モノと技術の古代史 金属編』2017)「英彦山信仰遺跡と遺物からみた英彦山の歴史」(『英彦山の宗教民俗と文化資源』2017)など
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