フォッサマグナは日本列島を東西に分断する巨大な地溝(溝状に凹んだ地形)です。明治の初めに来日してお雇い外人教師となり、東京大学地質学教室の初代教授になった若いドイツのナウマンによって発見、命名されました。しかし、その正体は150年たった今も(今年が発見以来150年目)専門家の間でも明らかにはされていません。フォッサマグナはまさに鵺(ぬえ)のようなものです。日本列島が現在の姿になる過程で生まれたもので、その成り立ちを考える上では欠かせない重要な構造です。 フォッサマグナを地質学的に見ると諏訪湖あたりを境に南北でその成因がまったく違うと考えられるため、「北部フォッサマグナ」と「南部フォッサマグナ」とに区別されてきました。本講座では北部フォッサと南部フォッサのそれぞれの成り立ちをたどり、フォッサマグナは一体どのようしてできたのかという謎に独自のモデルを用いて真の姿に迫ります。(講師・記) *2026年7月開講、2期・全6回の予定。 【7月期のカリキュラム】*数字は通し番号です。 その1 フォッサマグナとは何? 日本列島を東西に分断する巨大な地溝、「フォッサマグナ」は、ドイツの若いお雇い教師であったナウマンによって1875年(明治7年)に発見されました。彼は嵐の夜、八ヶ岳の東麓の平沢(長野県南佐久郡)という集落で1泊した翌朝に、南アルプス方面の地形を眺めてその不思議さに天啓を得たのです。その後150年たった今でもフォッサマグナとは一体何なのかについては明らかになってはいません。フォッサマグナは日本列島の成り立ちを考える上では欠かせない重要な構造です。謎の多いこのフォッサマグナの発見のいきさつ、その範囲、どのような地層からできているのか、その成り立ちについて概説します。 その2 北部フォッサマグナ フォッサマグナは関東山地と赤石山地の間で最も幅が狭くなっています。その部分には第四紀(2.58 Ma〜)の八ヶ岳の火山噴出物があって新第三紀(23 Ma〜2.58 Ma)の地層は露出していません。北部フォッサマグナはほぼこの八ヶ岳付近(諏訪湖)以北の部分を指しています。北部フォッサマグナを構成する地層は、東北日本秋田県の男鹿半島と同じ層序と発達史を持っています。日本列島が大陸に引っ付いていた時代、リフトができた時代、海ができて深くなる時代、海が浅くなって、やがて陸上になり東西圧縮で隆起が始まって現在に至っている地層が分布しています。 その3 日本海拡大 日本海の誕生と日本列島の回転 日本列島の周辺には縁辺海(背弧海盆)と呼ばれる、大陸の縁にある小さな海洋があります。北からベーリング海、オホーツク海、日本海、フィリピン海、東シナ海、南シナ海などです。フォッサマグナにはそれに接して2つの縁辺海があります。日本海とフィリピン海です。これら2つの縁辺海がフォッサマグナの形成とそれが現在の姿に至る歴史にとって重要な働きをしているのです。日本海は日本列島がアジア大陸から離れて現在の位置へと移動してきたことを示す重要な縁辺海です。その成因に着いての考え方の変遷を解説します。 【2026.10月期のカリキュラム(予定)】 その4 南部フォッサマグナ その5 フィリピン海プレートの北上 その6 フォッサマグナ形成試論
藤岡 換太郎:静岡大学防災総合センター客員教授 1946年京都市生まれ。東京大学理学系大学院修士課程修了。理学博士(東京大学)。専門は地球科学。東京大学海洋研究所助手、海洋科学技術センター深海研究部研究主幹、グローバル・オーシャン・ディベロップメント観測研究部部長、海洋研究開発機構(JAMSTEC)特任上席研究員などを歴任。機構退職後、神奈川大学・放送大学の非常勤講師を経て静岡大学防災総合センター客員教授。潜水調査船「しんかい6500」に51回乗船。三大洋人類初潜航を達成。海底地形名委員会での功績から2012年海上保安庁長官表彰を受ける。著書に『深海底の科学』(NHKブックス)『海はどうしてできたのか』『山はどうしてできるのか』『川はどうしてできるのか』『フォッサマグナ』『三つの石で地球がわかる』『見えない絶景 深海底巨大地形』(いずれも講談社ブルーバックス)『海がわかる57の話』(誠文堂新光社)『相模湾 深海の八景―知られざる世界を探る』『日本海の拡大と伊豆弧の衝突(共著)』(いずれも有隣堂)『深海底の地球科学』(朝倉書店)など多数。近著は『天変地異の地球学 巨大地震、異常気象から大量絶滅まで』 (講談社ブルーバックス)。
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