辰韓は、朝鮮半島南東部、新羅と重なる地域にありました。『後漢書』弁辰伝や『三国志』魏書弁辰伝によれば、辰韓人は穀物と稲を育て、養蚕を生業とし、馬韓人とは言語が異なるも、南西に接する弁韓人とは互いに雑居し、風俗や言語は似通っていました。このため弁韓、辰韓をまとめて『弁辰』と称したり、音通から『秦韓』とも呼びました。辰韓はもともと小国6国からなっていましたが、後に分かれて12国となり、慶州盆地の斯蘆国が盟主となり、後の新羅の支配者階級を構成する一方、北東部海岸には粗製の中島式土器を使う集団がいるなど、多様な集団が共存し、触覚式把頭飾銅剣・鉄剣の出土が物語るように、中国東北地方と対馬国・末盧国をつなぐ位置にありました。 斯蘆国主邑の慶州朝陽洞遺跡では、多数の木棺墓、木槨墓が発掘され、崔鍾圭先生は木棺墓をT、U型墓、木槨墓をV型墓に分類し、TからV型墓への変遷を明らかにされました。T型墓は前1世紀後半代、U型墓は上限が1世紀前半代、V型墓は上限が2世紀後半代と推定されます。浦項玉城里遺跡、慶州隍城洞遺跡でも原三国から三国時代にかけての土壙木槨墓が営まれ、積石木槨墳への変遷が解明されつつあります。慶州の隍城洞遺蹟では、大量の鋳造鉄斧鋳型が出土し、製鉄と鉄器生産による繁栄が窺えます。2007年には3世紀頃の木槨墓80基が見つかり、鴨やフクロウなど鳥を象った葬送土器の出土が注目されました。斯盧国は楽浪・帯方郡滅亡後の4世紀初頭以降、高句麗と結びつき新たな通交ルートを開拓し台頭しました。本講座では、辰韓から新羅への発展と、交通路の変化を考古資料から考えます。
桃ア 祐輔:福岡大学人文学部歴史学科教授 1967年(昭和42年)3月12日生まれ。福岡大学人文学部教授(考古学) 福岡県福岡市出身 筑波大学大学院歴史・人類学研究科文化人類学専攻を単位取得退学。東京国立博物館事務補佐員、筑波大学助手を経て2004年に福岡大学に着任。2018年に中国社会科学院考古研究所・吉林大学・西北大学で1年間の在外研究に従事。ユーラシア騎馬文化・中近世仏教考古学が専門で「中世とは何か」の解明をめざす。 主な著作に「高句麗太王陵出土瓦・馬具からみた好太王陵説の評価」(『海と考古学』2005)、「七支刀の金象嵌銘技術にみる中国尚方の影響」『文化財と技術 4』2005)、「中世棒状鉄素材に関する基礎的研究」(『七隈史学』第10号)、「九州の屯倉研究入門」(『還暦、還暦?、還暦!』2010)、「九州出土子持勾玉研究入門」(『福岡大学考古学論集2』2013)、桃崎祐輔「騎馬文化の拡散と農耕文明との融合−江上騎馬民族征服王朝説が描く文化融合モデルとその今日的意義−」(『今、騎馬民族説を見直す』2014)「山の神古墳出土馬具の検討―2セットのf字形鏡板付轡・扁円剣菱形杏葉の年代とその意義―」(『山の神古墳の研究』2015)「金属容器」(『モノと技術の古代史 金属編』2017)「英彦山信仰遺跡と遺物からみた英彦山の歴史」(『英彦山の宗教民俗と文化資源』2017)など
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