「祁山悲秋の風更けて 陣雲暗し五丈原」(土井晩翠)と詠われる諸葛孔明の北伐と死は、蜀後主建興12年(234年)のことでした。魏では明帝の治世。その4,5年の後、海の向こうの日本列島から魏に使者がやってきます。邪馬台国の卑弥呼が遣わした使者です。卑弥呼が何故、この時期に魏に使いを送ったのでしょう。一見、卑弥呼とは何の関係もない諸葛孔明の死と思われますが、そこには当時の東アジアの歴史との関連があるのです。
冨谷 至:京都大学名誉教授 1952年生。京都大学文学部東洋史学科卒業。文学博士。スウェーデン王立アカデミー会員。専門は中国法制史、簡牘学。著書に『古代中国の刑罰』(中公新書)、『韓非子』(中公新書)、『木簡竹簡の語る中国古代』(岩波新書)、『中国義士伝−節義に殉ず』(中公新書)、『四字熟語の中国史』(岩波書店)、『岩波講座 世界歴史』(編集 岩波書店)、『日本国号と天皇号の誕生と展開』(臨川書房)など。
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