[**第1回 「魂のふるさと」と「まれびと」**](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8801796&p=1e6803ee3c09b2ccde5a192d991f0bf797038bf22ce2385f69c969eda7b99808) 折口信夫は独自の宗教性をもった表現者であり学者だったが、その宗教思想に焦点をあてることで見えてくるものが多い。民俗学に関心を寄せる初期の段階から、折口信夫は「魂のふるさと」への憧憬に深い関心を寄せていた。これは「死の向こう側」への信仰に傾いたことがあったことをうかがわせる。他方、折口は共同体の外で神仏に接する宗教者や芸能者にも関心を寄せ、小説を書き、「国文学の発生」を論じていた。折口が釈迢空と名乗ったことがあるのは、仏教への親近感を示すものでもある。『死者の書』は折口の内面の宗教性が濃厚に表現されているが、それが山越しの阿弥陀像への関心とも重なりあっていることも示唆的だ。(講師・記) [**第2回 スサノオと悲劇的な存在**](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8801797&p=e191fe694136627f2b3c48e1735e84889435995cdf5c7a5d75558612b69fa3f7) 折口信夫は疎外された孤独な魂に深い関心を寄せ、そこにこそ日本の宗教性の重要な位相があると考えた。それはスサノオに典型的に現れているが、反逆したり、殺害されたりする皇位継承候補者への共鳴としても表現されている。天若日子、ヤマトタケル、オオヤマモリ、大津皇子といった系譜だ。悲劇的な存在こそが、原初的な宗教性を宿し、死と再生の信仰を担いうる存在とみなしていた。それは、また彼の短歌表現とも重なっている。「かそけさ」は悲劇的なものを宿した孤独を表すものであり、そこに自らの詩的表現の拠り所があると考えるようになった。こうした宗教性と「大嘗祭の本義」や「既存者」などの独自の神道理解とがどう関わっているのか考えていく。(講師・記)
島薗 進:専門は宗教学、死生学。1948年東京生まれ。上智大学グリーフケア研究所客員研究員、東京大学名誉教授。大正大学客員教授、龍谷大学客員教授、曹洞宗総合研究所講師、NPO東京自由大学学長。日本宗教学会元会長。宗教理論の研究、日本宗教史の研究、死生学、公共哲学、生命倫理などを研究領域とする。日本宗教学会賞、湯浅賞、朝日賞を受賞。著書に、『宗教学の名著30』、『いのちの始まりの生命倫理』、『スピリチュアリティの興隆』、『国家神道と日本人』、『日本仏教の社会倫理』、『日本人の死生観を読む』、『宗教を物語でほどく』、『いのちを“つくって”もいいですか?』、『ともに悲嘆を生きる』、『教養としての神道』、『死生観を問う』、『なぜ「救い」を求めるのか』などがある。
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