現代日本では、豊臣秀長のような補佐役≠フ物語に需要があります。秀吉のような破天荒な天才だけではなく、その裏に地道で気配りのできる補佐役がいてこそ大仕事は成り立つのだ、というストーリーは人々に希望と労働意欲を与えてくれます。しかし歴史が証明しているのは、〈補佐役は凡人には不可能〉という事実でした。その証拠に、日本史上、摂関政治の藤原氏や執権政治の北条氏のような補佐役のふりをした最高権力者≠ヘ無数にいても、本物の補佐役≠ニ呼べる人がほとんど見あたりません。その中でごくわずかな本物の補佐役たちは、皆、傑出した才能と不屈の意思の持ち主で、補佐役もまた天才だったことに気づかされます。 本講座では3人の人物を題材に、真の補佐役の迫力に触れ、〈補佐役とは何か〉を考えるヒントを提供します。(講師・記) 【カリキュラム】 第一回:「大江広元─―鎌倉幕府を創った二人目の執権=v 鎌倉幕府の執権は、実は二人制で、二人目を「連署」と呼び、執権の補佐役となります。大江広元はその最初の人物で、儒学者の家に生まれ、実務官僚の中原氏の養子となり、内政も外交も一流の手腕でこなす屈指の政治家となりました。鎌倉幕府最大の危機を回避させ、執権政治を成立させた立役者というべき彼の人生から、〈中世武家社会の補佐役≠ニは何か〉を垣間見ます。 第二回:「三宝院満済──調整型政治家の真骨頂」 中世で一人だけ最高の補佐役≠挙げるなら、文句なく満済です。彼は貴族の家に生まれ、三代将軍足利義満の猶子(義理の子)となり、高僧でありながら四代義持・六代義教から絶大な信任を受け、将軍と諸大名の合意形成のために奔走しました。バランス感覚と政治的嗅覚に優れた不世出の政治家であり、中世の補佐役≠フ鑑というべき彼の日記から、調整型政治の真髄に触れてゆきます。 第三回:「細川持之──崩壊する室町社会を支えた管領」 1441年に六代将軍義教が暗殺されると、室町幕府ではタガが外れ、誰もが暴力で私利私欲を満たそうとする混沌に陥りました。その中で、細川持之は幕府のナンバー2の管領として、秩序の維持に責任を感じ、組織と社会を立て直そうと孤軍奮闘しますが、社会は応仁の乱へ向けて転がり落ちてゆきます。室町幕府最後の補佐役≠フ善戦と、迫り来る戦国時代の足音に挫折したその結末を見届けます。
桃崎 有一郎:ももさき・ゆういちろう 武蔵大学人文学部教授 博士(史学) 日本中世史を中心としつつ、古代中国・朝鮮半島・日本列島史まで視野に入れて、礼制史(儀礼とその思想の歴史)と政治史から立体的に古代・中世の日本の姿≠探究。主要著作に『平安京はいらなかった』(吉川弘文館)、『武士の起源を解きあかす』、『室町の覇者 足利義満』、『平安王朝と源平武士』(以上ちくま新書)、『「京都」の誕生』、『平治の乱の謎を解く──頼朝が暴いた「完全犯罪」』(以上文春新書)など。
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