古代ケルトといえば、鉄器時代ハルシュタット期の半ば、紀元前8世紀頃、欧州中部、アルプス山渓に出現し、前2-3世紀のラテーヌ期に全盛期を迎え、一部が西走して、ブリテン諸島に至り、今のウェールズやアイルランドの住民につながった、という見方が常識でした。これが2000年代以降、さまざまな形で揺らぎ出し、崩れつつあります。こうした状況について、3回に分けて解説します。ケルト諸語の出現は欧州中部ではなかった。巨石文化はケルト文化の前の時代ではなく、ケルトに含まれる文化だった。ハルシュタットとラテーヌはかなり様相が異なる文化だった、などが中心的話題となります。(講師・記) 第1回:「西からのケルト語」を考える 第2回:巨石文化はケルト文化と言えるのか 第3回:ハルシュタットとラテーヌを再考する
原 聖:はら・きよし 青山学院大学客員教授 1953年、長野県生まれ。一橋大学大学院博士課程満期退学。女子美術大学名誉教授。大学院時代にフランス・レンヌ(ブレイス)大学ケルト学科に2年間留学、ケルト諸語を学習する。専門は言語社会史、比較民俗学。著書に『周縁的文化の変貌』(三元社)、『〈民族起源〉の精神史』(岩波書店)、『ケルトの水脈』(講談社)がある。
変則的な日程の回があります(6月のかわりに7/1)