古朝鮮とは檀君朝鮮・箕子朝鮮・衛満朝鮮の総称ですが、歴史的には衛満朝鮮から実在が確認できます。檀君は朝鮮の、箕子は中国の神話・伝説で実在したわけではありませんが、その意味を考えることは有意義です。衛満朝鮮は、漢の武帝が前一〇八年に滅ぼし、そのあとに楽浪郡など四つの郡が置き、直轄支配を始めます。朝鮮半島の西北部を中心とする地域です。そしてその支配に対抗して、夫余や沃租・濊・韓など現地の諸民族が起ち上がっていきます。今期は、四つの郡の変遷と、夫余・高句麗・濊などの成長についてみることにします。 (2026年1月開講の講座ですが、今期からの受講も可能です) (1)第7回 玄菟郡の移動と高句麗 4月2日 楽浪郡とは1年遅れて設置された玄菟郡は、先端部の濊族と中心部の高句麗族を対象とするものでしたが、高句麗は郡県支配の圧力と、それに対する抵抗のなかで政治的に成長していきました。そのため先端部を切り離し、本体は西に後退していくことになります。そうした玄菟郡の移動は2回におよびますが、そのことと高句麗との関係について述べます。 (2)第8回 楽浪四郡の改編 4月16日 玄菟郡以外の3郡は、前82年にまず最も遠隔地に置かれた真番郡と臨屯郡が廃され、そのなかのいくつかの県が、玄菟郡と楽浪郡に吸収されました。その後、前75年には、玄菟郡の先端部が切り離されて楽浪郡に併合されます。こうして18県程度で始まった楽浪郡は、25もの県を大きな楽浪郡となります。その経緯と、大楽浪郡について述べます。 (3)第9回 夫余と漢文化 5月7日 夫余は、東北アジアにおける先進的な民族といえます。高句麗の北に位置し、漢文化との接触が古く、その影響を大きく受けて周辺民族よりも優位な位置にたちます。当初は、吉林省の東部にあり、その後、吉林省の中心部に移ります。夫余の文化や、そうした移動について述べます。 (4)第10回 大楽浪郡の支配構造 5月21日 さきにあげた大楽浪郡の支配構造について考えます。郡から県に対する行政的な指示などは、木簡・竹簡などで行われましたが、それをくくりつけて粘土で封印しますが、それにハンコを押します。その粘土のかたまりを封泥と呼びますが、その分析を通して、郡と県との関係や、県のレベルなどを考えることができます。 (5)第11回 東部都尉と濊の自立 6月4日 大楽浪郡は、大きな郡となったので、東と南に部都尉をもうけて、いくつかの県を分けて統治させました。このうちの東部都尉は、濊族の地に置かれ、濊族を対象にするものでした。後漢になってまもなく、部都尉を廃止し、濊族は自律的な成長をすることになります。この濊族の自立とその後の成長したのかを考えます。 (6)第12回 遼東郡・玄菟郡の再編と高句麗 6月18日 玄菟郡は、高句麗の圧力によって次第に西に後退しますが、高句麗を対象とする郡としての役割はその後も維持されます。遼東郡もまた特には高句麗を対象にしています。高句麗は、そうした遼東郡・玄菟郡との抗争や友好関係のなかで成長していきます。そのような関係のありかたと高句麗の成長についてみていきます。
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