飛鳥時代末の大宝二年(702)、「倭建命墓」が震えたので祭祀したと『続日本紀』は記します。災異が起きたのでしょう。奈良時代末の政争に巻き込まれて、幽閉先の大和国宇智で亡くなった井上内親王(光仁天皇の皇后)は、その死後に天変地異が頻発し、怨霊によると恐れられます。同じく非業の死を遂げる早良親王と共に後に名誉回復が行われ、それぞれ宇智陵、八嶋陵として鎮められます。奈良・平安時代の悲劇の王族の陵墓について紹介します。(講師・記) ※画像説明:現在の井上内親王の宇智陵(講師撮影)
今尾 文昭:いまお・ふみあき 元奈良県立橿原考古学研究所調査課長 1955年生。同志社大学文学部卒業。78年奈良県立橿原考古学研究所入所。同研究所附属博物館学芸課長、同研究所調査課長を歴任。2016年定年退職。古代学研究会代表。博士(文学)。日本考古学。著書に『古墳文化の成立と社会』 『律令期陵墓の成立と都城』『ヤマト政権の一大勢力 佐紀古墳群』『天皇陵古墳を歩く』など。
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