中国では、長い分裂の時代を経て、隋が南北を統一しました。それまで周辺の諸国は、中国の南北対立の状況を利用した外交を進め、それぞれの生き延びる道を模索していましたが、ひとつの中国と向き合い対峙する形勢になりました。高句麗・百済・新羅は、隋・唐や日本を巻き込んだかたちの改編が進み、新羅が半島なかばを領有するようになります。その過程と結果をみていきたいと思います。すでに隋代を経て、唐代にはいっています。今期は、7世紀なかばの諸問題について述べたいと思います。 善徳王の登場 4/24 善徳王は女王です。新羅では全体で3人の女王がいましたが、その最初です。前王真平王に男子がいなくて、むすめが継いだものです。甥の金春秋は、即位してもいい年齢でしたが、問題があって先送りされました。この最初の女王の統治についてみていきます。 真徳王と対唐従属 5/22 善徳王を継いだのも女王の真徳王です。善徳王が内乱のなかで倒れたあと、すでに実力をもっていた金春秋(武烈王)と金庾信とが擁立しました。百済の脅威が迫るなかで、唐と結んでそれと対抗します。 新羅木簡の世界 6/26 新羅においても木簡が出土しています。まだ全体としても600点余程度です。多くは地方にあたる咸安の城山山城から出土したもので、半数を占めます。それ以外、新羅王都からも出土していますが、ほかの地方からも出土しています。その概要について述べます。
田中 俊明:滋賀県立大学名誉教授 1952年生。京都大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程認定修了。堺女子短期大学講師・助教授を経て、滋賀県立大学助教授・教授。2019年3月退職。『大加耶連盟の興亡と「任那」』吉川弘文館、『古代の日本と加耶』山川出版社、『韓国の古代遺跡1・2』『高句麗の歴史と遺跡』(ともに東潮との共著)中央公論社。
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