「関ケ原合戦」といえば、その名の通り、慶長5年9月15日(1600年10月21日)に美濃国関ヶ原で戦われた半日ほどの合戦をさしますが、その前後に東北や九州を含む全国各地で徳川方(「関東方」、東軍)と毛利・石田方(「上方衆」、西軍)に分かれた局地戦が展開していました。内乱の様相を示していたともいえます。豊臣秀吉が天下統一を成し遂げたという歴史的背景がなければそうはならなかっただろうと思いますが、列島各地に武家拠点を築いていた武将たちが、それぞれどちらにつくのか、選択を迫られた戦いでもありました。今回の講座では、これら武将たちが何を考えどのようにしてその選択に至ったのか、また武将の人生を関ケ原合戦がどう変えていったのか、語っていきます。 第1回 概観 〜「天下人の時間」と「関ケ原世代」 第2回 「賤ケ岳の七本槍」、それぞれの選択〜秀吉チルドレンの分裂 第3回 長岡(細川)幽斎・忠興父子の場合 第4回 黒田如水・長政父子の場合 第5回 真田昌幸・信幸&信繁父子の場合 第6回 島津義弘・忠恒父子の場合
外岡 愼一郎:元奈良大学文学部史学科教授 文明開化の風薫る横浜で生まれ、日本海の風吹き寄せる敦賀で小さな大学の教員となり、博物館でも仕事をしました。その時、その場、その人に寄り添う歴史研究を心がけています。
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