近世以前の「聖徳太子」像は、平安期に成立した『聖徳太子伝暦』に集約された日本仏教開創の偉人として位置づける「太子信仰」を前提としていた。戦前には、『日本書紀』の記載に基づき、明治維新とともに評価された「大化改新」を準備し、中国と「対等外交」を成し遂げた偉大な政治家としての位置づけが強調された。戦後には、十七条憲法にみえる「和の精神」が平和国家・文化国家建設のスローガンとして評価され、一万円札の図柄としても長く存続した。こうした目まぐるしい聖徳太子像の変化は何によるものか考えたい。
仁藤 敦史:にとう・あつし 国立歴史民俗博物館名誉教授 1960年静岡県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科満期退学。博士(文学)。専門は日本古代史(特に古代王権論、都城制成立過程の研究)。現在、国立歴史民俗博物館教授。主な著書に『古代王権と都城』(吉川弘文館)、『古代王権と官僚制』(臨川書店)、『女帝の世紀』(角川書店)、『都はなぜ移るのか−遷都の古代史−』(吉川弘文館)、『卑弥呼と台与』(山川出版社)、『古代王権と支配構造』(吉川弘文館)、『NHKさかのぼり日本史 (10)奈良・飛鳥 “都”がつくる古代国家』(NHK出版)など。
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