陸上の地質から日本列島を考えた人はたくさんいるが海から見た者は少ない。それは潜水調査船で海の底を探求する生物学者は多いが地球科学者は少なかったからである。海底の観察から出てきた地球科学の原理に「海洋底拡大説」がある。海の底からプレート境界である沈み込み帯(海溝)やプレートが生産される拡大軸を眺めて見て、そこからどのような重要な情報が得られたかを見ていきたい。題して「海から眺めた地球科学」である。 本講座では日本列島周辺の海底へ潜って見てきた話から始めて背弧海盆、深海湾、世界の三大洋の拡大軸の海底を見ていく。これらのことを通して地球科学全体の大枠を理解しようというものである。「百聞は一見に如かず」なのでいくつかの海底でのビデオもお見せする。(講師・記) *2025年7月開講・1年間(12回)の予定 【今期カリキュラム】 ■その1 構造侵食と付加体 プレートが沈み込む沈み込み帯にマリアナ型とチリ型に分類された。前者には構造侵食が卓越し、後者は付加体を作る。日本でのこの2つの代表的な模式地は日本海溝と南海トラフである。構造侵食とは海溝に沈み込むプレートが陸側の地層を削り取って地下深くへと引きずり込む作用である。付加体は海溝に貯まった海陸両側の堆積物が混ざって陸側へと押しあげられて陸地を作っていく作用である。この2つのタイプの沈み込み帯は世界に同じくらいの数あって、陸は増えもしないし減りもしない。これら2つの沈み込み帯尾海底での現象を深海調査船「しんかい6500」によって観察した結果をビデオを交えて紹介する。 1.日本海溝 構造侵食 日本海溝には太平洋プレートが沈み込んでいる。プレートは沈み込む前に外縁隆起帯(アウターライズ)を作るときに正断層によって地塁・地溝構造を作るが、これが歯車のような役割をして、沈み込まれる側の地層を削り取る。その部分は地下深くへと沈み込んで行くのであたかも鎮色が起こっているように見える。沈み込んだプレートは地下100qほどのところで陸側のマントルに水を供給し、マントルの岩石の融点が下ってマグマが形成される。マグマは地表へ上がると火山を作る。沈み込みに伴って巨大地震が起こり、化学合成生物群集が形成される。ここでは潜水調査や掘削船による調査が行われている。 2.伊豆・小笠原海溝 蛇紋岩海山と鯨骨生物群集と熱水系 伊豆・小笠原海溝は日本の本州に直交する方向、南北に分布しており、そこには太平洋プレートが沈み込んでいる。プレートは20qほどの地下で上部マントルの橄欖岩に水を供給し、橄欖岩が蛇紋岩に化けて軽いので上昇し山、蛇紋岩海山を形成する。背弧側には熱水鉱床が形成されている。東青ヶ島、ベヨネーズ列岩、(明神礁)、水曜海山などで熱水系がみつかっている。これらの熱水系は1983年に藤岡によってその存在が予想されており2000年にみつかった。沖縄トラフに次ぐ発見であった。ここでは潜水調査や掘削船による調査が行われている。マリアナに見られる蛇紋岩海山や珍しい鯨骨生物群集がみつかっている。 3.南海トラフと付加体 シロウリガイの大群集 南海トラフは水深4800mなので海溝とは呼ばず「トラフ」(舟状海盆)と呼ばれている。しかし底にたまった2000mにも及ぶ堆積物を取り去ると深さ6800mになって立派な海溝である。ここにはフィリピン海プレートが沈み込んでいる。若いフィリピン海プレートは沈み込む角度が緩くて海溝に貯まった堆積物を陸の上にのし上げる。それは丁度ドミノ倒しのような構造で、付加体を形成する。付加体は逆断層の積み上げで古い地層が上に積もっていく。ここでも巨大地震が起こっており、化学合成生物群集や泥火山が形成されている。活火山は海溝から離れた日本海側に三瓶山や大山が見られる。ここでは潜水調査や掘削船による調査が行われている。掘削によって付加体の先端部が掘り抜かれ沈み込むプレート玄武岩まで掘られ付加体の構造が明らかになった。 **** 【今後の予定】 ■10月期 その2 日本列島周辺の海溝 4.琉球海溝(南西諸島海溝) 日本で初めて見つかった熱水系 5.マリアナ海溝 前弧の蛇紋岩海山と背弧マリアナトラフの熱水系 6.ヤップ・パラオ海溝 石灰岩体の崩落とマントル(モホ面)を横切る ■2026.1月期 その3 特異な海溝、深海湾、背弧海盆 7.千島海溝 海山の沈み込んだ海溝と化学合成生物群集 8.日本海とフィリピン海 新しい沈み込みと巨大地震 9.深海湾である相模湾 プレート境界の湾とフォッサマグナ ■2026.4月期 その4 拡大系―海嶺 10.大西洋中央海嶺 メガムリオン 11.東太平洋海膨 浅いマグマだまり 12.インド洋 海嶺三重点と奇妙な生態系
藤岡 換太郎:静岡大学防災総合センター客員教授 1946年京都市生まれ。東京大学理学系大学院修士課程修了。理学博士(東京大学)。専門は地球科学。東京大学海洋研究所助手、海洋科学技術センター深海研究部研究主幹、グローバル・オーシャン・ディベロップメント観測研究部部長、海洋研究開発機構(JAMSTEC)特任上席研究員などを歴任。機構退職後、神奈川大学・放送大学の非常勤講師を経て静岡大学防災総合センター客員教授。潜水調査船「しんかい6500」に51回乗船。三大洋人類初潜航を達成。海底地形名委員会での功績から2012年海上保安庁長官表彰を受ける。著書に『深海底の科学』(NHKブックス)『海はどうしてできたのか』『山はどうしてできるのか』『川はどうしてできるのか』『フォッサマグナ』『三つの石で地球がわかる』『見えない絶景 深海底巨大地形』(いずれも講談社ブルーバックス)『海がわかる57の話』(誠文堂新光社)『相模湾 深海の八景―知られざる世界を探る』『日本海の拡大と伊豆弧の衝突(共著)』(いずれも有隣堂)『深海底の地球科学』(朝倉書店)など多数。近著は『天変地異の地球学 巨大地震、異常気象から大量絶滅まで』 (講談社ブルーバックス)。
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