「指揮者」という職業が生まれたのはそんなに遠い昔ではありません。モーツァルトの時代に指揮者など存在しませんでした。「要らなかった」のです。指揮者が「要る/居る」ようになるのは十九世紀以後。指揮者とはフランス革命以後の近代市民社会が生み出したのであり、王のいなくなった近代社会は自らが理想とする指導者像をそこに託してきました。いい指揮者が自ずと有名指揮者になるわけではありません。時代と社会が自らのアイコンとして指揮者を呼び出すのです。この講座では指揮の歴史をたどることを通して、音楽と近代社会のかかわりを文化史的に考えてみたいと思います。 (講師・記) 〈今期の予定〉※番号はシリーズの通し番号です。 1:指揮者はなぜ居る/要るのか 2:指揮者は「近代」が生んだ ― ウェーバー、スポンティーニ、ベルリオーズ 3:作曲家の従僕としての指揮者 − ワーグナーからビューローへ 〈全スケジュール〉 1:指揮者はなぜ居る/要るのか 2:指揮者は「近代」が生んだ ― ウェーバー、スポンティーニ、ベルリオーズ 3:作曲家の従僕としての指揮者 − ワーグナーからビューローへ 4:巨匠指揮者の系譜 ― マーラー/シュトラウス以後 5:トスカニーニと新即物主義 6:アドルノはフルトヴェングラーをどう論じたか 7:「カリスマ」についてマックス・ウェーバーと考える 8:「スター」カラヤンと戦後西側資本主義 9:ビートルズ世代のナイスガイたち ― 「指揮者のいないオーケストラ」の夢 10:指揮者はどんな「神」の代理人なのか ― 指揮者が作曲をしなくなった時代 11:古楽のゲリラ戦法 ― ピリオド奏法は現代音楽か? 12:アンチリベラリズムの逆襲と二一世紀 ― ティーレマンとクルレンツィス
岡田 暁生:京都大学教授 1960年京都市に生まれる。大阪大学大学院博士課程単位取得退学、大阪大学文学部助手、神戸大学発達科学部助教授を経て、現在、京都大学人文科学研究所教授、文学博士。著書「<バラの騎士>の夢」(春秋社)「オペラの運命」(中公新書・サントリー学芸賞)「西洋音楽史」(中公新書)「恋愛哲学者モーツァルト」(新潮選書)「CD&DVD51で語る西洋音楽史」(新書館)「ピアニストになりたい!」(春秋社・芸術選奨文部科学大臣新人賞)「すごいジャズには理由がある」(アルテスパブリッシング)、「リヒャルト・シュトラウス」(音楽之友社)など多数。
Zoomウェビナーを使用したオンライン講座です。見逃し配信(2週間限定)はマイページにアップします。各自ご確認ください。お問合せはasaculonline001@asahiculture.comで承ります。