西行和歌には、子どものころに詠んだ歌はもとより、子どものころから関わった人間関係を反映した和歌も残されていない。それは、出家に際して何を捨てたのか(出家の代償に何に捨てられたのか)を語っているが、西行研究史上初めてそのことに言及して、家族を詠まない西行和歌は俗を避けたとする目崎徳衛氏の指摘は、和歌は俗を避けるもの故、当を得ない。言い方を換えれば、西行の和歌観に根本的に関わる問題であることがわかる。 前回は、『西行物語』などに語られる「娘」の問題に終始してしまったが、今回は、「聞書集の「たはぶれ歌」13首は、晩年に嵯峨に草庵を結んでこどもの戯れる姿を観察しながら、自身の幼時を回想したり、老体となった自身と対照させたりする珍しい歌群である。ここに展開するのは、作家の自己を形成する原体験、という意味での「原風景」で、人文地理的・文学史的観点をさらに多角化する視点が得られる可能性がある。また、西行和歌には「老」を詠む歌が17首ほどあり、老後の作もあろうが、老を対象化した作との対照も可能になる」と予告した問題に取り組むことになる。(講師・記)
西澤 美仁:にしざわ・よしひと 上智大学名誉教授 1953年愛知県生まれ。東京大学卒業。著書『西行―魂の旅路―』(2010)の他、明治書院・和歌文学大系『山家集・聞書集・残集』(2003)で『山家集』の注釈を担当。2009年「西行学会」を設立し、代表を務める。
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