大みそかの夜、一条天皇の内裏一条院で、「御前(中宮藤原彰子)のかたにいみじくののしる(大声がする)」。紫式部は「火かと思へど、さにはあらず」。「裸なる人ぞ二人ゐたる」。中宮の女房の靫負と小兵部が、盗賊にみぐるみ剥がれていました(『紫式部日記』)。紫式部は火事を想起しましたが、実は盗賊でした。内裏の中宮の間近くまで、火事と盗賊が迫っていたのです。紫式部が暮らした時代、火事の件数が増加しました。放火が過半とみられ、大声が聞こえると火事を直観します。火事は日常的かつ最大の災害でした。貴族の邸宅がしばしば全焼し、火の回りが早かったと推測されます。内裏は960年に初めて焼けますが、その後約100年の間に13回も焼けています。一方、盗賊には単独犯と群盗集団があり、群盗は数十人の規模に達します。群盗の件数は少ないですが、貴族を襲うなど、劇的です。火事も盗賊も夜が主舞台でした。紫式部の言葉を手掛かりに、平安京の夜(闇)の世界を探ってみましょう。
西山 良平:京都大学名誉教授 1951年生。京都大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程単位修得退学。京都市立芸術大学美術学部専任講師を経て、京都大学総合人間学部助教授・教授、同大学大学院人間・環境学研究科教授、2017年定年退職。著書に『都市平安京』2004年、編著書に『平安京の住まい』2007年、『平安京と貴族の住まい』2012年、『平安京の地域形成』2016年(以上、京都大学学術出版会)、『日本の歴史』古代中世編・2021年(ミネルヴァ書房)ほか。
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