シリーズ 古代史の謎
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物部氏の祖先崇拝と仏教公伝をめぐる対立
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- 歴史
- 教室・オンライン自由講座
- 見逃し配信あり
- 松尾 光/奈良県立万葉文化館研究顧問
- 2026/04/01〜
水
13:00〜14:30
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古代文学から紐解く飛鳥・奈良時代の謎
- 歴史
- 教室・オンライン自由講座
- 見逃し配信あり
- 塩沢 一平/二松学舎大学教授
- 2026/04/27〜
月
13:00〜14:30
古代の人々にとって、祟りや占いは単なる迷信ではありませんでした。日本書紀や万葉集を紐解くと、そこには「迷わず決断するため」「社会の混乱を収めるため」という、驚くほど合理的で切実な人々の姿が浮かび上がります。本講座では、鹿の骨や亀の甲羅を用いた占いや、天皇が受け取った「夢告」の世界を解説。さらに、新指定遺跡となった「恭仁京(くにきょう)」の最新調査から、聖武天皇が描いた国家の理想と、わずか4年で消えた都の真実に迫ります。 【各回のテーマと概要】 4月:古代の祟りと占いと夢―飛鳥〜奈良 ・・・古代の祟りとは、実は単に怨霊が招く禍いではありませんでした。また「占い」も、未来 を「当てる」ためというより、実は、迷わず決断するためのものでした。この講座では、 飛鳥〜奈良時代を中心に、鹿の骨で占う太占(ふとまに)、亀卜、そして天皇や皇后が神 の言葉を受け取ったとされる「夢告(むこく)」の世界を紐解き。『日本書紀』や『万葉 集』に残された具体的な記事や歌を手がかりに、祟りと占いと夢が政治・信仰・人々の心 にどのような役割を果たしていたのかを、わかりやすく解説します。古代史の意外な一面 に触れてみませんか。 5月:古代の都の最新情報―国新指定遺跡「恭仁京(くにきょう)」を中心として・・・ 奈良時代、わずか4年で姿を消した幻の都「恭仁京(くにきょう)」。しかし近年の発掘 調査や残された万葉歌によって、その実像が大きく書き換えられつつあります。この講座 では、昨年12月、国の新指定遺跡となった恭仁京を中心に、最新の考古学成果と万葉集研 究とをもとに「なぜこの都は造られ、なぜ完成しなかったのか」という古代史最大の謎に 迫ります。内裏が二つ並ぶ異例の構造、巨大寺院計画の背景など、教科書には載らない最 前線の研究成果を、地図や写真や万葉歌を交えながらわかりやすく解説します。
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『御堂関白記』に見える藤原道長の和歌
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- 見逃し配信あり
- 倉本 一宏/国際日本文化研究センター名誉教授
- 2026/04/30
木
10:30〜12:00
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相武の地域史 武蔵国造の乱と南武蔵のミヤケ
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- 堀川 徹/星槎大学准教授
- 2026/05/29
金
10:30〜12:00
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古代倭の対外交流 −加耶諸国および百済との交流−
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- 高久 健二/専修大学文学部教授
- 2026/06/06〜
土
13:00〜14:30
古代の日本列島は倭とよばれ、当初は小国に分かれていましたが、のちに畿内(ヤマト)王権を中心とした中央集権的な古代国家へと発展していきます。古墳時代はちょうどその過渡期にあたり、畿内地域を中心に大型の前方後円墳が造られ、被葬者の社会的・政治的な関係を示す象徴物として機能していた時代です。この時代は「対外交流の時代」ともいわれるように、東アジアとの交流が盛んにおこなわれ、これを通じて様々な文化や技術がもたらされました。これらの新来文化・技術は国家形成において重要な役割を果たしました。この講座では、とくに倭と密接な交流をおこなっていた加耶諸国と百済を取り上げて、最新の発掘調査成果をもとに古墳時代における対外交流について論じます。 <各回のテーマ> 第1回 6/6 古代倭と加耶諸国との交流 朝鮮半島南部に展開していた加耶諸国と倭との相互交流について、日本列島における加耶系文物と朝鮮半島における倭系文物から論じます。 第2回 6/20 古代倭と百済との交流 古墳時代〜飛鳥時代の古墳、集落、寺院等にみられる百済文化を取り上げて、倭と百済との交流関係について論じます。 ・・・・・・・・・・
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ヤマト王権の東国進出とカシマ大神
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- 佐藤 雄一/駒澤大学准教授
- 2026/06/27
土
13:30〜15:00
茨城県に鎮座する鹿島神宮は、『古事記』『日本書紀』(記紀)の神話で大国主神に国譲りを迫った神である武甕槌(タケミカヅチ)大神をご祭神としています。 しかし、鹿島神宮の鎮座伝承が記紀ではなく『常陸国風土記』に載せられていることや、そこでは香島(カシマ)大神とあり、タケミカヅチ神の名が見えないことなどは意外と知られていません。風土記にみえる香島大神への信仰には、水上交通との関係が窺えますが、国家神としてのカシマ大神(武甕槌大神)と地域神としてのカシマ大神(香島大神)との間には、どのような関係があるのでしょうか。 それを紐解くカギが、ヤマト王権による東国進出です。古代の鹿島は、水陸交通の結節点として、ヤマト王権が5世紀以降に東国進出を果たしていくうえで重要な拠点でした。古代王権にとって鹿島とその地の神がどのように位置づけられたのか、一緒に考えていきましょう。(講師記) *画像説明:鹿島神宮一之鳥居
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※日時等は変更となる場合がございます。最新の情報は講座詳細ページにてご確認ください。