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福岡 歴史・日本の歴史(古代)
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18講座中 1〜18件を表示 

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日本書紀

matuki toshiaki.jpg
  • 松木 俊暁/福岡大学非常勤講師
  • 2024/04/06 〜 2024/06/29
  • 10:30〜12:00
  • 全6回
  • 会員 16,500円
  •    古代史研究等の成果を踏まえながら『日本書紀』全巻を読み進めます。意味を取りつつ本文(原文は漢文ですので、読み下し)を読み、その周辺事情や背景について分かりやすい解説を加えます。古語になじみのない方も、途中からでも楽しめます。4月からは、第35代・皇極天皇紀(巻第二十四)から読み始め、第36代・孝徳天皇紀(巻第二十五)の途中まで読み進める予定です。  舒明天皇の没後、皇位継承の混乱の中で擁立されたのは、舒明の皇后・皇極天皇でした(後の天智・天武天皇の母)。皇極の時代、蘇我氏が勢力を増大させていき、書紀はそれを蘇我氏の専横として描き出します。ついに中大兄皇子たちが立ち上がり、蘇我蝦夷・入鹿父子を討つ、乙巳の変がおこります。変の直後、皇極は退位し、皇極の弟・孝徳天皇が即位し、新政権が発足します。大化改新と呼ばれる改革のはじまりです。  7世紀半ば、中央集権化の改革が進められたこの時代の記事を、他史料と対照しながら読み解いていきます。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

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東アジアから見る弥生時代の始まり

小 宮本先生・東アジア.jpg
  • 宮本 一夫/九州大学名誉教授
  • 2024/04/08 〜 2024/06/24
  • 13:00〜14:30
  • 全6回
  • 会員 17,160円
  •      水稲農耕社会が始まる弥生時代は、どのように始まったのでしょうか?東アジアにおける農耕の起源と拡散の問題からお話しします。そして、穀物農耕はどのようにして朝鮮半島から日本列島に渡ってきたのでしょうか?日本列島で最初になぜ北部九州で水稲農耕が始まったのでしょうか?その実年代は何時だったのでしょうか?このような弥生時代の始まりの様々な問題について、東アジア全体を俯瞰してお話しします。また、縄文から弥生への転換には様々な学説があります。その中の一つである渡来人の問題、さらに日本語の始まりについて考えます。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

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北部九州“弥生学”の先達たち

2022takesuejyunichi.jpg
  • 武末 純一/春日市奴国の丘歴史資料館名誉館長 福岡大学名誉教授
  • 2024/04/13 〜 2024/09/14
  • 13:00〜14:30
  • 全6回
  • 会員 17,160円
  •    私はこれから何年かかけて、北部九州の弥生時代集落をゆっくり解説したいと考えています。そのためには、現在の北部九州弥生時代研究の基礎に対する理解が、まず必要になります。今回はそうした基礎を作った中山平次郎、鏡山猛、森貞次郎、岡崎敬、乙益重隆の5名の先学の業績を取り上げ、それぞれの先学への論を導きの糸として、評価してみたいと思います。どのような方法と思いや考え方のもとに、先学が何を明らかにして、限界はどこにあったのかなどを、エピソードも交えながら一緒に考えます。 【各回カリキュラム】  4月13日:[中山平次郎論](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7155440) 5月18日:[鏡山猛論](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7155443) ※5月のみ3週目 6月8日:[森貞次郎論1](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7155444) 7月13日:森貞次郎論(2) 8月10日:岡崎敬論 9月14日:乙益重隆論 ★1回ずつの受講もできます  会員 3,410円 一般 3,960円 (各回) ――――――――――――――――――――――――――――――――――

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騎馬民族征服王朝説を見直す
―応神朝の成立と東アジアの騎馬文化−

202304momosaki2.jpg
  • 桃ア 祐輔/福岡大学人文学部歴史学科教授
  • 2024/04/15 〜 2024/09/16
  • 13:00〜14:30
  • 全6回
  • 会員 17,160円
  •  『古事記』や『日本書紀』によれば、熊襲征伐のため筑紫に出陣した仲哀天皇は、新羅を攻めよとの神託を信じなかった祟りで陣没し、妊娠していた神功皇后が三韓を征伐、新羅を服属させ、帰国後に大和に攻め上って香坂王・忍熊王を倒し、応神天皇が即位、神功皇后が摂政となり、新王朝を開いたと伝えています。  この記述と対応するように、4世紀に奈良盆地北部の佐紀・盾列古墳群にあった王陵級の巨大古墳は、5世紀になると、大阪湾岸の百舌鳥・古市古墳群に移ります。江上波夫先生は、1967年頃に、河内王権の始祖である応神天皇を騎馬民族の王とみる立場に立って、修正騎馬民族征服王朝説を提唱されました。  江上騎馬民族説の批判は多いですが、王朝交替に賛成する考古学者・古代史研究者は少なくありません。  塚口義信先生は、391年,高句麗・好太王の即位と同年、倭国の軍勢が百済で辰斯王を殺害して阿花王の即位に協力した事、渡海軍が帰国後にクーデターを起こして応神天皇を擁立、河内王朝を開いたとする説を提唱しています。  最近、奈良市の富雄丸山古墳の発掘で巨大な盾形鼉龍(だりゅう)鏡や蛇行剣が出土して、4世紀末の王権交替の可能性を考える重要な手掛かりが得られました。また、中国や韓国の研究進展で、古墳時代騎馬文化の原形となる馬具や騎馬文化も次第に明らかになってきました。  本講座では、4世紀末の倭国の政権交代と、騎馬民族征服王朝説との関係について、最新の東アジアの考古資料を総動員して考えます。 4月15日 [騎馬民族征服王朝説と大和・河内王朝交替説](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7155452) 5月20日 [中国魏晋南北朝と慕容鮮卑の騎馬文化](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7155455) 6月17日 [鉄の王国・金官伽耶の騎馬文化](https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7155457) 7月15日 七支刀と百済の騎馬文化  8月19日 好太王と高句麗の騎馬文化             9月16日 黄金の国・新羅の騎馬文化 ★1回ずつの受講もできます。 会員 3,410円 一般 3,960円

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大和王権の成立と地域伝承

魏志倭人伝.jpg
  • 河村 哲夫/歴史作家・福岡県文化団体連合会顧問
  • 2024/04/25 〜 2024/06/27
  • 13:00〜15:00
  • 全3回
  • 教室 8,580円 / オンライン 8,580円
  •   『古事記』『日本書紀』のみならず、各地の伝承を掘り起こし、大和王権の成立の過程を追跡する渾身の古代講座。  4/25 邪馬台国と大和王権  5/23 九州の神武天皇伝承@  6/27 九州の神武天皇伝承A ____________________________________________

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『古事記』に見られる「あそび」

higashishigemi.jpg
  • 東 茂美/福岡女学院大学名誉教授
  • 2024/05/30
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 2,860円 / 一般 3,740円
  •  『古事記』(こじき、ふることぶみ)は神代から推古天皇の御代までを記し、『日本書紀』とならぶ、古代日本の文化・文学を学ぶうえでの大事なテキストです。ここに語られるゆたかな古代は、わたしたちを退屈の二文字とは無縁な世界へといざなってくれるでしょう。「あそび」という表現に注視して、『古事記』(上巻)から葦原中国のことむけの段、天若日子の葬送を中心に読んでみましょう。これによると、どうやら「あそび」は、宗教的・神事的な始原として生じたことが窺えそうです。 ※当日入金は、受講料に550円加算されます。  

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北部九州“弥生学”の先達たち「森貞次郎論(1)」
〔6月〕

2022takesuejyunichi.jpg
  • 武末 純一/春日市奴国の丘歴史資料館名誉館長 福岡大学名誉教授
  • 2024/06/08
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 3,410円 / 一般 3,960円
  •  私はこれから何年かかけて、北部九州の弥生時代集落をゆっくり解説したいと考えています。そのためには、現在の北部九州弥生時代研究の基礎に対する理解が、まず必要になります。今回はそうした基礎を作った中山平次郎、鏡山猛、森貞次郎、岡崎敬、乙益重隆の5名の先学の業績を取り上げ、それぞれの先学への論を導きの糸として、評価してみたいと思います。どのような方法と思いや考え方のもとに、先学が何を明らかにして、限界はどこにあったのかなどを、エピソードも交えながら一緒に考えます。  森先生は福岡高校に長く勤め、退職後は九州産業大学の教授です。岡崎先生と共に「弥生時代のはじまり」研究の先頭に立ちます。ここでは戦前からの流れをたどります。 各回カリキュラム予定 4月:中山平次郎論 5月:鏡山猛論 ※5月のみ3週目 6月:森貞次郎論(1) 7月:森貞次郎論(2) 8月:岡崎敬論 9月:乙益重隆論  

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「鉄の王国・金官伽耶の騎馬文化」〔6月〕
騎馬民族征服王朝説を見直す―応神朝の成立と東アジアの騎馬文化−

202304momosaki2.jpg
  • 桃ア 祐輔/福岡大学人文学部歴史学科教授
  • 2024/06/17
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 3,410円 / 一般 3,960円
  •  古来、弁韓の地は、鉄の産地として知られ、3世紀の「魏志東夷伝」には狗邪韓国が見え、考古資料からは4世紀までに南東部の金官国(慶尚南道金海市)を中心とした前期伽耶連盟が成立したと推測されます。『日本書紀』や『三国遺事』伽耶条には、阿羅伽耶、古寧伽耶、大伽耶、星山伽耶、小伽耶、金官、非火などの国々が記されています。しかし『日本書紀』で伽耶を倭の出先機関(任那日本府)と記述しているのは史実ではありません。任那とは任那加羅(金官加羅・駕洛国)を指し、彼らは高句麗・新羅に対抗するために百済・倭国と結びました。  金海大成洞古墳群は金官伽耶国の王陵群で、4世紀には、長方形の主槨に方形の副槨を伴う大型木槨墓が造営され、鉄製武器・甲冑、馬具に加え、巴形銅器や碧玉製鏃形石製品など、ヤマト政権が贈与した倭系遺物も副葬しています。  これに対し福泉洞古墳群では、新羅風の有棘利器や板甲が多く出土し、金官伽耶の一員である一方、新羅の強い影響がうかがえます。伽耶の5世紀前半の馬具は、高句麗や北方の影響が強く、実用的な鉄製が多いのが特徴です。  5世紀前半のある段階から、金官国に代わって、北部の大伽耶国(慶尚北道高霊郡)・多羅国(陝川郡)を中心にした大伽耶連名の勢力が台頭し、高霊池山洞古墳群・陝川玉田古墳群に王陵級古墳が集中しています。なかでも近年発掘された池山洞75号墳では、大阪府誉田丸山古墳や福岡県月岡古墳のものに類似する馬具が出土しました。また高霊古衙洞壁画古墳で出土したと伝える金銅装の鞍金具は、国宝誉田丸山鞍によく似た構造を示しています。  本講座では、金官伽耶馬具に見る鮮卑の影響、大伽耶馬具の日本への影響について考えます。

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日本書紀

matuki toshiaki.jpg
  • 松木 俊暁/福岡大学非常勤講師
  • 2024/07/06 〜 2024/09/21
  • 10:30〜12:00
  • 全7回
  • 会員 19,250円
  •    古代史研究等の成果を踏まえながら『日本書紀』全巻を読み進めます。意味を取りつつ本文(原文は漢文ですので、読み下し)を読み、その周辺事情や背景について分かりやすい解説を加えます。古語になじみのない方も、途中からでも楽しめます。4月からは、第35代・皇極天皇紀(巻第二十四)から読み始め、第36代・孝徳天皇紀(巻第二十五)の途中まで読み進める予定です。  舒明天皇の没後、皇位継承の混乱の中で擁立されたのは、舒明の皇后・皇極天皇でした(後の天智・天武天皇の母)。皇極の時代、蘇我氏が勢力を増大させていき、書紀はそれを蘇我氏の専横として描き出します。ついに中大兄皇子たちが立ち上がり、蘇我蝦夷・入鹿父子を討つ、乙巳の変がおこります。変の直後、皇極は退位し、皇極の弟・孝徳天皇が即位し、新政権が発足します。大化改新と呼ばれる改革のはじまりです。  7世紀半ば、中央集権化の改革が進められたこの時代の記事を、他史料と対照しながら読み解いていきます。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

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東アジアから見る弥生時代の始まり

小 宮本先生・東アジア.jpg
  • 宮本 一夫/九州大学名誉教授
  • 2024/07/08 〜 2024/09/09
  • 13:00〜14:30
  • 全6回
  • 会員 17,160円
  •      水稲農耕社会が始まる弥生時代は、どのように始まったのでしょうか?東アジアにおける農耕の起源と拡散の問題からお話しします。そして、穀物農耕はどのようにして朝鮮半島から日本列島に渡ってきたのでしょうか?日本列島で最初になぜ北部九州で水稲農耕が始まったのでしょうか?その実年代は何時だったのでしょうか?このような弥生時代の始まりの様々な問題について、東アジア全体を俯瞰してお話しします。また、縄文から弥生への転換には様々な学説があります。その中の一つである渡来人の問題、さらに日本語の始まりについて考えます。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

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北部九州“弥生学”の先達たち「森貞次郎論(2)」

2022takesuejyunichi.jpg
  • 武末 純一/春日市奴国の丘歴史資料館名誉館長 福岡大学名誉教授
  • 2024/07/13
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 3,410円 / 一般 3,960円
  •  私はこれから何年かかけて、北部九州の弥生時代集落をゆっくり解説したいと考えています。そのためには、現在の北部九州弥生時代研究の基礎に対する理解が、まず必要になります。今回はそうした基礎を作った中山平次郎、鏡山猛、森貞次郎、岡崎敬、乙益重隆の5名の先学の業績を取り上げ、それぞれの先学への論を導きの糸として、評価してみたいと思います。どのような方法と思いや考え方のもとに、先学が何を明らかにして、限界はどこにあったのかなどを、エピソードも交えながら一緒に考えます。  森先生は遺物研究に長じて、「土器貞」の異名を持ちます。現在の弥生土器や成人用甕棺研究の基本には森編年があります。その一生はアマチュア精神で貫かれました。   各回カリキュラム予定 7月:森貞次郎論(2) 8月:岡崎敬論 9月:乙益重隆論  

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「七支刀と百済の騎馬文化」
騎馬民族征服王朝説を見直す―応神朝の成立と東アジアの騎馬文化−

202304momosaki2.jpg
  • 桃ア 祐輔/福岡大学人文学部歴史学科教授
  • 2024/07/15
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 3,410円 / 一般 3,960円
  •  『古事記』や『日本書紀』によれば、熊襲征伐のため筑紫に出陣した仲哀天皇は、新羅を攻めよとの神託を信じなかった祟りで陣没し、妊娠していた神功皇后が三韓を征伐、新羅を服属させ、帰国後に大和に攻め上って香坂王・忍熊王を倒し、応神天皇が即位、神功皇后が摂政となり、新王朝を開いたと伝えています。  この記述と対応するように、4世紀に奈良盆地北部の佐紀・盾列古墳群にあった王陵級の巨大古墳は、5世紀になると、大阪湾岸の百舌鳥・古市古墳群に移ります。江上波夫先生は、1967年頃に、河内王権の始祖である応神天皇を騎馬民族の王とみる立場に立って、修正騎馬民族征服王朝説を提唱されました。  江上騎馬民族説の批判は多いですが、王朝交替に賛成する考古学者・古代史研究者は少なくありません。  塚口義信先生は、391年,高句麗・好太王の即位と同年、倭国の軍勢が百済で辰斯王を殺害して阿花王の即位に協力した事、渡海軍が帰国後にクーデターを起こして応神天皇を擁立、河内王朝を開いたとする説を提唱しています。  最近、奈良市の富雄丸山古墳の発掘で巨大な盾形鼉龍(だりゅう)鏡や蛇行剣が出土して、4世紀末の王権交替の可能性を考える重要な手掛かりが得られました。また、中国や韓国の研究進展で、古墳時代騎馬文化の原形となる馬具や騎馬文化も次第に明らかになってきました。  本講座では、4世紀末の倭国の政権交代と、騎馬民族征服王朝説との関係について、最新の東アジアの考古資料を総動員して考えます。 4月15日 騎馬民族征服王朝説と大和・河内王朝交替説 5月20日 中国魏晋南北朝と慕容鮮卑の騎馬文化 6月17日 鉄の王国・金官伽耶の騎馬文化 7月15日 七支刀と百済の騎馬文化  8月19日 好太王と高句麗の騎馬文化             9月16日 黄金の国・新羅の騎馬文化 ★1回ずつの受講もできます。 会員 3,410円 一般 3,960円

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民俗学からみた「遊び」
神遊びと伝承遊び

7月18日 特別「民俗学の遊び」(吉田扶希子先生).jpg
  • 吉田 扶希子 /西南学院大学非常勤講師
  • 2024/07/18
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 2,860円 / 一般 3,740円
  • 「遊び」とは、余暇の時間に行われる行動です。というと子どもの遊びや娯楽を想像してしまいますね。しかし本来は「神遊び」を指し、神と人が交わり楽しむことです。それは「神人交歓」とも表現され、祭りの基本形態です。祭りは、「神迎え」で来ていただいた神と共に楽しむ「神人交歓」、そして「神送り」で神に感謝して帰っていただきます。今回は、その例として「神楽」を見ていきましょう。さらに、「鬼ごっこ」や「かごめかごめ」などの伝承遊びも取り上げたいと思います。 ※当日入金は、受講料に550円加算されます。  

    • 見逃し配信あり
    • 24夏クーポン300対象
  • 福岡教室
  • 教室・オンライン自由講座

大和王権の成立と地域伝承

魏志倭人伝.jpg
  • 河村 哲夫/歴史作家・福岡県文化団体連合会顧問
  • 2024/07/25 〜 2024/09/26
  • 13:00〜15:00
  • 全3回
  • 教室 8,580円 / オンライン 8,580円
  •   『古事記』『日本書紀』のみならず、各地の伝承を掘り起こし、大和王権の成立の過程を追跡する渾身の古代講座。  7/25 安芸の神武天皇伝承  8/22 吉備の神武天皇伝承  9/26 紀伊の神武天皇伝承 ____________________________________________

    • トライアル可
    • 見逃し配信あり
  • 福岡教室
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北部九州“弥生学”の先達たち「岡崎敬論」

2022takesuejyunichi.jpg
  • 武末 純一/春日市奴国の丘歴史資料館名誉館長 福岡大学名誉教授
  • 2024/08/10
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 3,410円 / 一般 3,960円
  •  私はこれから何年かかけて、北部九州の弥生時代集落をゆっくり解説したいと考えています。そのためには、現在の北部九州弥生時代研究の基礎に対する理解が、まず必要になります。今回はそうした基礎を作った中山平次郎、鏡山猛、森貞次郎、岡崎敬、乙益重隆の5名の先学の業績を取り上げ、それぞれの先学への論を導きの糸として、評価してみたいと思います。どのような方法と思いや考え方のもとに、先学が何を明らかにして、限界はどこにあったのかなどを、エピソードも交えながら一緒に考えます。   各回カリキュラム予定 7月:森貞次郎論(2) 8月:岡崎敬論 9月:乙益重隆論  

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「好太王と高句麗の騎馬文化 」
騎馬民族征服王朝説を見直す―応神朝の成立と東アジアの騎馬文化−

202304momosaki2.jpg
  • 桃ア 祐輔/福岡大学人文学部歴史学科教授
  • 2024/08/19
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 3,410円 / 一般 3,960円
  •  高句麗はBC37年の建国を伝え、最初の都は卒本(中国遼寧省桓仁)に置かれ、五女山城や下古城子城(平城)が築造されました。3世紀初頭頃には国内城(中国吉林省集安)に遷都し、4世紀を通じて都となり、長寿王十五年(427)には、国内城から平壌城(清岩里土城:北朝鮮平壌)へ、さらに平原王二十八年(586)には、長安城(平壌内)に遷りました。つまり建国から5世紀前半までは中国、それ以降から7世紀までは北朝鮮に首都がありました。中国では、高句麗史は中国史であると教えるのに対し、韓国では、韓民族の国として教えています。 3〜4世紀の高句麗では積石塚を築造し、集安の西大塚、千秋塚、太王陵、将軍塚などは国内城時代の美川王・故国原王・小獣林王・故国壌王・広開土王陵に比定されます。広開土王陵は好太王碑に近い太王陵・将軍塚のいずれかです。平壌城時代には石室封土墳、壁画墳が発達し、漢王墓、真坡里1号墳、湖南里四神塚、江西大墓などが王陵です。  313年に美川王は楽浪郡を滅ぼしますが、次の故国原王は342年に慕容鮮卑前燕・慕容皝の侵攻で都を破壊され、母・妻は捕虜になり、父の美川王の棺は奪われました。そこで南進に転じますが、371年の雉城の戦いで百済貴須王子の軍と戦って戦死しました。4世紀末の故国壌王は後燕と戦って国威を回復し、4世紀末から5世紀初の広開土王代には遼河流域、東北は松花江から牡丹江流域の裨礼(契丹)まで征服しました。さらに長寿王代には、475年に南進して百済の漢城を攻略、蓋鹵王を殺害しています。中原高句麗碑は、最大版図が、小白山脈麓まで及んだ事を物語ります。  従来、廣開土王碑の記事より、朝鮮半島南部の騎乗用馬具受容は、400年ならびに408年の好太王歩騎五万の南下が契機と考えられてきました。ところが馬具研究の進展で、4世紀前半には伽耶に鮮卑系馬具が受容され、4世紀後半には百済・新羅にも馬具の受容が進むことが確実視されています。これによって、5世紀初頭の高句麗軍南下に過大に依拠した年代設定には無理があることがわかってきました。そうした議論の成熟の中で、世界遺産登録をめざす中国による集安高句麗王陵の調査では、太王陵のトレンチから、「辛卯年(391)」銘銅鈴とともに、金銅に精緻な龍文透彫を施した辻金具や輪鐙・杏葉などが出土しました。これらの馬具は、慕容鮮卑三燕の影響を強く残す一方、新羅慶州の皇南大塚南墳(訥祇麻立干墓か,位417〜458年)に継承される要素もみられました。本講座では、慕容鮮卑三燕から、朝鮮半島南部の新羅・伽耶への文化的・軍事的技術の橋渡しを担った高句麗の位置付けを考えます。

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北部九州“弥生学”の先達たち「乙益重隆論」

2022takesuejyunichi.jpg
  • 武末 純一/春日市奴国の丘歴史資料館名誉館長 福岡大学名誉教授
  • 2024/09/14
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 3,410円 / 一般 3,960円
  •  私はこれから何年かかけて、北部九州の弥生時代集落をゆっくり解説したいと考えています。そのためには、現在の北部九州弥生時代研究の基礎に対する理解が、まず必要になります。今回はそうした基礎を作った中山平次郎、鏡山猛、森貞次郎、岡崎敬、乙益重隆の5名の先学の業績を取り上げ、それぞれの先学への論を導きの糸として、評価してみたいと思います。どのような方法と思いや考え方のもとに、先学が何を明らかにして、限界はどこにあったのかなどを、エピソードも交えながら一緒に考えます。  乙益先生は熊本の考古学研究を長く牽引し、最後は國學院大學教授です。斎藤山貝塚の前期初頭とされた鉄斧の発掘者として有名ですが、本領は農具と農業、埋納習俗研究にありました。

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「黄金の国・新羅の騎馬文化」
騎馬民族征服王朝説を見直す―応神朝の成立と東アジアの騎馬文化−

202304momosaki2.jpg
  • 桃ア 祐輔/福岡大学人文学部歴史学科教授
  • 2024/09/16
  • 13:00〜14:30
  • 全1回
  • 会員 3,410円 / 一般 3,960円
  •  新羅は、三韓時代の辰韓の一国で、慶州の斯蘆国を前身とします。『秦書』によれば、中国五胡十六国の前秦に対し、377年に初めて新羅が朝貢し、382年には 新羅王楼寒の名がみえます。この「楼寒」は王号の「麻立干」と見られ、356年に即位したとされる17代奈勿尼師今とみる説もあります。 また、広開土王碑や中原高句麗碑により、倭や高句麗に従属した時期があったと考えられます。4世紀後半〜末、倭の侵入を受けた新羅王は高句麗に救援を求め、好太王はこれに応えて歩騎五万を派遣しましたが、軍隊はその後も慶州に駐屯し、新羅を監視しました。この間の倭・新羅関係を語る神功皇后の三韓征伐伝承の荒唐無稽な記述のなかに、どの程度の史実性があるかは、慎重な検討が必要です。  4世紀後半〜末頃には慶州周辺に積石木槨墓が、現われ、慶州・蔚山・浦項地域にも拡散します。  慶州月城路カ29号墓は大型の土壙木槨墳で、竪矧板革綴短甲・挂甲小札・鉄鋌・鋳造鉄斧・太刀・鉄鏃・鉄矛・玉類とともに倭製の石釧が出土しました。31号墓では倭系の土師質器台・小形丸底壺が出土しました。  蔚山下三亭ナ地区115号では、三燕の帯金具・倭製の長方板革綴短甲・5世紀前半の新羅土器台付壺が同時に出土し、国際的な遺物の共伴は、地域間の並行関係を解明する重要な手掛かりです。  長らく新羅最古の馬具とみられてきた皇南洞109号墳第4槨の鐙や馬冑・馬甲が所在不明となっており、慶州の馬具編年は困難でした。ところが近年、慶州チョクセムでは、4世紀末から5世紀初頭頃の馬具(轡・鐙・鞍)や馬冑・馬甲が出土し、高句麗南下の状況を読み解く重要なカギとなりそうです。  5〜6世紀の馬具については、朴正熙政権時代に推進された天馬塚と、皇南大塚南墳・北墳の発掘によって膨大な馬具が出土し、その他の中小古墳の発掘も進み、次第に馬具史料が蓄積されていきました。  なかでも慶州最大の王陵で双円墳の皇南大塚は、先行する南墳が訥祗麻立干(位417〜458)墓、後続する北墳が夫人墓とみられています。南墳では8セットもの馬具が出土し、最高級セットは金銅板に龍文透彫を施した下に玉虫羽を敷き詰めた豪華なものでした。この様式は、鮮卑・高句麗の透彫金銅板や木心金属板張技術などを独自発展させたもので、古代の倭人が「真金ふくまばゆき新羅」と称して魅了された新羅工芸の粋を示しています。  本講座では、慕容鮮卑・高句麗につながる新羅馬具の系譜と豪華な金工技術に着目し、のちに中国北朝の仏教工芸技術も摂取っしながら、沖ノ島や藤ノ木古墳・船原古墳の金銅装馬具に発展していく過程をたどります。

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