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- 京都教室
- オンライン(事前選択講座)
聖書は世界をどう見るか(オンライン受講)
—神の声を聴く—

- 中村 信博/同志社女子大学学芸学部特別任用教授
- 2025/04/17木 〜 2025/06/19木
- 13:30〜15:00
- 全3回
- 会員 10,230円 / 一般 10,230円
日々の忙しさに追われる現代人は、外部の喧騒に心奪われ、内なる声を聞き逃しがちです。しかし、聖書は、神の呼びかけに「どうぞお話しください。僕(しもべ)は聞いております」(旧約聖書・サムエル記上3章10節)と答えた少年サムエルのように、神の声に耳を傾けた人々の物語でもあります。彼らの体験は、不思議な宗教体験の逸話であることにとどまることなく、普遍的な人間の営みとして、私たちの心に問いかけてきます。 今期の講座では、聖書を通じて「神の声」とは何かを探求し、現代の私たちにとっての意味についてもご一緒に考えてみます。「声」とは、必ずしも音として聞こえるものばかりではありません。時に象徴的な現象や内面的な気づきとして表れることもあります。目に見えない存在との対話や、心の奥深くからの促しを自覚する体験は、多くの悩みを抱えて生きる私たちにとっても意義あるものと言えるでしょう。 聖書を丁寧に読み解くことで、静寂の中に響く豊かな世界を感じてみたいと思います。この講座が、日々の喧騒から一歩離れ、自己と世界との新たな関係を見つけるきっかけとなればと願っています。 第1回(4/17)燃える柴から聞こえる声(旧約聖書・出エジプト記 3章1〜6節) 第2回(5/15)静かにささやく声(旧約聖書・列王記上 19章11〜13節) 第3回(6/19)幻のなかに響く声(新約聖書・使徒言行録 10章9〜16節)
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聖書は世界をどう見るか(教室受講)
—神の声を聴く—

- 中村 信博/同志社女子大学学芸学部特別任用教授
- 2025/04/17木 〜 2025/06/19木
- 13:30〜15:00
- 全3回
- 会員 10,230円 / 一般 10,230円
日々の忙しさに追われる現代人は、外部の喧騒に心奪われ、内なる声を聞き逃しがちです。しかし、聖書は、神の呼びかけに「どうぞお話しください。僕(しもべ)は聞いております」(旧約聖書・サムエル記上3章10節)と答えた少年サムエルのように、神の声に耳を傾けた人々の物語でもあります。彼らの体験は、不思議な宗教体験の逸話であることにとどまることなく、普遍的な人間の営みとして、私たちの心に問いかけてきます。 今期の講座では、聖書を通じて「神の声」とは何かを探求し、現代の私たちにとっての意味についてもご一緒に考えてみます。「声」とは、必ずしも音として聞こえるものばかりではありません。時に象徴的な現象や内面的な気づきとして表れることもあります。目に見えない存在との対話や、心の奥深くからの促しを自覚する体験は、多くの悩みを抱えて生きる私たちにとっても意義あるものと言えるでしょう。 聖書を丁寧に読み解くことで、静寂の中に響く豊かな世界を感じてみたいと思います。この講座が、日々の喧騒から一歩離れ、自己と世界との新たな関係を見つけるきっかけとなればと願っています。 第1回(4/17)燃える柴から聞こえる声(旧約聖書・出エジプト記 3章1〜6節) 第2回(5/15)静かにささやく声(旧約聖書・列王記上 19章11〜13節) 第3回(6/19)幻のなかに響く声(新約聖書・使徒言行録 10章9〜16節)
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ユダヤ教文献と芸術をめぐる旅 教室受講
物語(ナラティブ)と芸術(アート)が出会う場所

- 勝又 悦子/同志社大学教授
- 2025/04/23水 〜 2025/06/25水
- 13:00〜14:30
- 全3回
- 会員 10,230円
「書物の民」と称されるユダヤの民は、膨大な物語を生み出し継承することを拠り所としてその過酷な歴史を生き延びました。同時に、彼らは、多彩な表象芸術も残しています。物語と芸術が出会うところ、それは、様々な文化と人間の営みの出会いの場です。彼らの物語、芸術を辿りながら、多様な文化と宗教の交錯を味わいます。 (オンライン講座を併設します。オンライン受講の受付は、WEBのみ) @4月23日 シナゴーグの物語(ナラティブ)と芸術(アート) ユダヤ美術の発現の場として重要なユダヤ教礼拝所について、その構造、装飾美術の変遷を軸に、古代から現代まで、人々がどんな思いで礼拝をしていたのかを探ります。 A5月28日 写本挿絵の世界の物語(ナラティブ)と芸術(アート) 中世以降、ヨーロッパのユダヤ人コミュニティは、それぞれの地域の特性に根差した写本装飾を生み出しました。写本挿絵はまさに物語と芸術が出会う場です。 B6月25日 ユダヤ詩文文学の物語と音楽 中世以降、ヘブライ語による多数の詩文作品が生み出され、それは、また世界各地のユダヤ共同体の周辺の文化を取り込みながら、固有の調べの中で受容されました。ユダヤ教文学と音楽の世界をたどります。
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ユダヤ詩文文学の物語と音楽 オンライン受講
ユダヤ教文献と芸術をめぐる旅6/25オンライン受講

- 勝又 悦子/同志社大学教授
- 2025/06/25水
- 13:00〜14:30
- 全1回
- 会員 3,630円 / 一般 3,630円
「書物の民」と称されるユダヤの民は、膨大な物語を生み出し継承することを拠り所としてその過酷な歴史を生き延びました。同時に、彼らは、多彩な表象芸術も残しています。物語と芸術が出会うところ、それは、様々な文化と人間のみの出会いの場です。彼らの物語、芸術を辿りながら、多様な文化と宗教の交錯を味わいます。 B6月25日 ユダヤ詩文文学の物語と音楽 中世以降、ヘブライ語による多数の詩文作品が生み出され、それは、また世界各地のユダヤ共同体の周辺の文化を取り込みながら、固有の調べの中で受容されました。ユダヤ教文学と音楽の世界をたどります。
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阿弥陀佛の物語を聞く オンライン受講

- 梶田 真章/法然院貫主
- 2025/07/02水 〜 2025/09/03水
- 10:30〜12:00
- 全3回
- 会員 9,570円 / 一般 10,560円
南無阿弥陀佛 佛教には様々な経典がありますが西方浄土の阿弥陀佛の物語を説く『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』は特に浄土三部経と呼ばれ、浄土宗や真宗でよりどころとされてきたお経です。阿弥陀佛とは如何なる佛さまなのか。お経と論(解説書)で学びたいと思います。合掌(講師記) ※4月は第4水曜に行います。
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阿弥陀佛の物語を聞く 教室受講

- 梶田 真章/法然院貫主
- 2025/07/02水 〜 2025/09/03水
- 10:30〜12:00
- 全3回
- 会員 9,570円 / 一般 10,560円
南無阿弥陀佛 佛教には様々な経典がありますが西方浄土の阿弥陀佛の物語を説く『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』は特に浄土三部経と呼ばれ、浄土宗や真宗でよりどころとされてきたお経です。阿弥陀佛とは如何なる佛さまなのか。お経と論(解説書)で学びたいと思います。合掌(講師記) ※オンライン講座を併設します。
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- 2025夏クーポン対象
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日本思想を貫くもの――無常への思い(オンライン受講)
鴨長明、吉田兼好、世阿弥、 芭蕉を手がかりに

- 藤田 正勝/京都大学名誉教授
- 2025/07/08火
- 15:00〜16:30
- 全1回
- 会員 3,850円 / 一般 3,850円
古来、人の心をとくに強く動かしてきたのは何であったでしょうか。さまざま な答が考えられると思いますが、まず挙げられるものの一つは、親しい人、愛す る人の死ではないでしょうか。それを通して人は、生のはかなさを強く意識してきたように思います。日本では仏教を受容したときにも、それは純粋な理論としてではなく、むしろ情のレベルで受けとめてきました。「無常」という概念は、「はかない」とか、「切ない」、「哀しい」といった感情と結びつく形で受け容れられてきたのです。そのために人々は心のなかで感じた哀しみをくり返し歌に詠い、文章にしてきました。 本講座では、『万葉集』や鴨長明、吉田兼好、世阿弥の著作、芭蕉の俳句な どを取りあげ、その根底に流れる 「無常」 への思いがどのようなものであったのかを明らかにするとともに、日本思想の特質について考えたいと思います。 以下の参考文献に予めお目通しいただくと、より深くご理解いただけるかと思います。 参考文献:藤田正勝著『日本文化をよむ5つのキーワード』 (岩波新書) 第三章 「長明と兼好の無常」
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- 2025夏クーポン対象
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日本思想を貫くもの――無常への思い(教室受講)
鴨長明、吉田兼好、世阿弥、 芭蕉を手がかりに

- 藤田 正勝/京都大学名誉教授
- 2025/07/08火
- 15:00〜16:30
- 全1回
- 会員 3,850円 / 一般 3,850円
古来、人の心をとくに強く動かしてきたのは何であったでしょうか。 さまざま な答が考えられると思いますが、 まず挙げられるものの一つは、親しい人、愛す る人の死ではないでしょうか。 それを通して人は、生のはかなさを強く意識して きたように思います。 日本では仏教を受容したときにも、 それは純粋な理論とし てではなく、むしろ情のレベルで受けとめてきました。 「無常」という概念は、 「はかない」とか、 「切ない」、 「哀しい」 といった感情と結びつく形で受け容れ られてきたのです。 そのために人々は心のなかで感じた哀しみをくり返し歌に 詠い、 文章にしてきました。 本講座では、『万葉集』や鴨長明、吉田兼好、世阿弥の著作、芭蕉の俳句な どを取りあげ、その根底に流れる 「無常」 への思いがどのようなものであった のかを明らかにするとともに、 日本思想の特質について考えたいと思います。 以下の参考文献に予めお目通しいただくと、 より深くご理解いただけるかと 思います。 参考文献:藤田正勝著『日本文化をよむ5つのキーワード』 (岩波新書) 第三章 「長明と兼好の無常」 (オンライン講座を併設します。オンライン受講は別ページからお申し込みください。)
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聖書は世界をどう見るか(オンライン受講)
―神を見るということ―

- 中村 信博/同志社女子大学学芸学部特別任用教授
- 2025/07/17木 〜 2025/09/18木
- 13:30〜15:00
- 全3回
- 会員 10,230円 / 一般 10,230円
現代社会には、「見るもの」「見せるもの」が溢れています。情報や映像の洪水のなかで、違和感はもちながらも、改めて「見る」という行為について意識することは多くありません。まして、何を、どのように「見る」べきかなど知覚的認識とその意味について考える機会は、さらに少ないのではないでしょうか。 しかし、聖書には「見る」という行為をとおして様々な意味の次元が語られています。とりわけ、「神を見る」ことは、単純に神を図像的な姿としてとらえることと同じではありません。「神を見る」ことは、しばしば見るという意識そのものを深く揺さぶる精神的な出来事として描かれています。 今期の講座は、荒野の孤独のなかで神に見出されたハガル(創世記16章)、闇夜の格闘のなかで神の顔を見たヤコブ(創世記32章)、そして光のなかで変容するイエスの姿を見た弟子たち(マタイによる福音書17章)の物語を読みます。いずれの物語にも、視覚的認識を超えて自己と世界の見え方が変わる瞬間が刻まれています。 それぞれの物語は、「見る」ことは同時に「見られる」ことへの気づきを伴い、その気づきによって内面が変容していく過程でもあることを教えてくれるでしょう。現代人の自己認識をめぐる問いとも重ねながら、聖書をとおして、「見る」という認識行為の奥深さをご一緒に読み解いてみたいと思います。 第1回(7/17) 顧みられる神(旧約聖書・創世記16章13〜16節) 第2回(8/21) 闇夜の格闘(旧約聖書・創世記32章23〜33節) 第3回(9/18) イエスの変容(新約聖書・マタイによる福音書17章1〜13)
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- 見逃し配信あり
- 2025夏クーポン対象
- 京都教室
- 教室(事前選択講座)
聖書は世界をどう見るか(教室受講)
―神を見るということ―

- 中村 信博/同志社女子大学学芸学部特別任用教授
- 2025/07/17木 〜 2025/09/18木
- 13:30〜15:00
- 全3回
- 会員 10,230円 / 一般 10,230円
現代社会には、「見るもの」「見せるもの」が溢れています。情報や映像の洪水のなかで、違和感はもちながらも、改めて「見る」という行為について意識することは多くありません。まして、何を、どのように「見る」べきかなど知覚的認識とその意味について考える機会は、さらに少ないのではないでしょうか。 しかし、聖書には「見る」という行為をとおして様々な意味の次元が語られています。とりわけ、「神を見る」ことは、単純に神を図像的な姿としてとらえることと同じではありません。「神を見る」ことは、しばしば見るという意識そのものを深く揺さぶる精神的な出来事として描かれています。 今期の講座は、荒野の孤独のなかで神に見出されたハガル(創世記16章)、闇夜の格闘のなかで神の顔を見たヤコブ(創世記32章)、そして光のなかで変容するイエスの姿を見た弟子たち(マタイによる福音書17章)の物語を読みます。いずれの物語にも、視覚的認識を超えて自己と世界の見え方が変わる瞬間が刻まれています。 それぞれの物語は、「見る」ことは同時に「見られる」ことへの気づきを伴い、その気づきによって内面が変容していく過程でもあることを教えてくれるでしょう。現代人の自己認識をめぐる問いとも重ねながら、聖書をとおして、「見る」という認識行為の奥深さをご一緒に読み解いてみたいと思います。 第1回(7/17) 顧みられる神(旧約聖書・創世記16章13〜16節) 第2回(8/21) 闇夜の格闘(旧約聖書・創世記32章23〜33節) 第3回(9/18) イエスの変容(新約聖書・マタイによる福音書17章1〜13)
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ユダヤ教文献と芸術をめぐる旅 教室受講
物語(ナラティブ)と芸術(アート)が出会う場所

- 勝又 悦子/同志社大学教授
- 2025/07/23水 〜 2025/09/24水
- 13:00〜14:30
- 全3回
- 会員 10,230円 / 一般 10,890円
「書物の民」と称されるユダヤの民は、膨大な物語を生み出し継承することを拠り所としてその過酷な歴史を生き延びました。同時に、彼らは、多彩な表象芸術も残しています。物語と芸術が出会うところ、それは、様々な文化と人間の営みの出会いの場です。彼らの物語、芸術を辿りながら、多様な文化と宗教の交錯を味わいます。 (オンライン講座を併設します。オンライン受講は別ページからお申し込みください。) @7月23日 預言者をめぐる物語と芸術 預言者とその預言の言葉は、聖書の中でも特に重視されているものです。この預言者と預言をユダヤ教ではどのように受容し、どのように表現してきたのでしょうか。 A8月27日 古代ユダヤ教世界の広がり: シナゴーグとサーカスをめぐる物語と芸術 古代ユダヤ教世界の文献ではユダヤ人としての自己規定が高まると同時に、サーカス、競技場、公衆浴場、列柱の並ぶローマ都市生活を享受する姿が窺えます。色彩豊かなユダヤ世界を体験します。 B9月24日 共生のための一神教理解に向けて 今、対立がことさらに強調される風潮があります。中東の政治状況も然りです。しかし長い歴史の中でイスラーム教、ユダヤ教、キリスト教は、対立しつつも、実生活においては多分に共生をしてきました。ユダヤ教を中心に、この今の状況に、歴史が、文献が、芸術が何を示唆してくれているかを総括的に考えたいと思います。
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- オンライン(事前選択講座)
預言者をめぐる物語(ナラティブ)と芸術(アート) (オンライン受講)
ユダヤ教文献と芸術をめぐる旅 7/23
- 勝又 悦子/同志社大学教授
- 2025/07/23水
- 13:00〜14:30
- 全1回
- 会員 3,630円 / 一般 3,630円
「書物の民」と称されるユダヤの民は、膨大な物語を生み出し継承することを拠り所としてその過酷な歴史を生き延びました。同時に、彼らは、多彩な表象芸術も残しています。物語と芸術が出会うところ、それは、様々な文化と人間の営みの出会いの場です。彼らの物語、芸術を辿りながら、多様な文化と宗教の交錯を味わいます。 7月23日 預言者をめぐる物語(ナラティブ)と芸術(アート) 預言者とその預言の言葉は、聖書の中でも特に重視されているものです。この預言者と預言をユダヤ教ではどのように受容し、どのように表現してきたのでしょうか。
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- オンライン(事前選択講座)
古代ユダヤ教世界の広がり: シナゴーグとサーカスをめぐる物語(ナラティブ)と芸術(アート) オンライン受講
ユダヤ教文献と芸術をめぐる旅 8/27
- 勝又 悦子/同志社大学教授
- 2025/08/27水
- 13:00〜14:30
- 全1回
- 会員 3,630円 / 一般 3,630円
「書物の民」と称されるユダヤの民は、膨大な物語を生み出し継承することを拠り所としてその過酷な歴史を生き延びました。同時に、彼らは、多彩な表象芸術も残しています。物語と芸術が出会うところ、それは、様々な文化と人間の営みの出会いの場です。彼らの物語、芸術を辿りながら、多様な文化と宗教の交錯を味わいます。 8月27日 古代ユダヤ教世界の広がり: シナゴーグとサーカスをめぐる物語(ナラティブ)と芸術(アート) 古代ユダヤ教世界の文献ではユダヤ人としての自己規定が高まると同時に、サーカス、競技場、公衆浴場、列柱の並ぶローマ都市生活を享受する姿が窺えます。色彩豊かなユダヤ世界を体験します。
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- オンライン(事前選択講座)
時代のなかに立つ西田幾多郎――晩年の政治・歴史・国家論(オンライン受講)

- 藤田 正勝/京都大学名誉教授
- 2025/09/23火
- 15:00〜16:30
- 全1回
- 会員 3,850円 / 一般 3,850円
西田幾多郎の哲学に関しては、初期の 「純粋経験」をめぐる思想や、 中期の 「場 所の論理」 がよく知られていますが、 西田は晩年にも、 「逆対応」 や 「平常底」 といった術語を使って興味深い宗教思想を展開しましたし、 現実の社会や政治、 歴史や国家の問題に関わる論考も数多く残しました。 西田の晩年は、日本が戦争へと突き進んでいった時代と重なります。 そのなか で西田は真剣に時代と向きあいました。 本講座では、 西田が「日本文化の問題」 や「世界新秩序の原理」 などの講演や論考において何を語ったのか、当時の政治 や歴史、国家の問題についてどのように考えていたのかを、当時の思想状況や政 治的状況を踏まえながら、 ていねいに見ていきたいと思います。 それを通して彼 がめざした政治や国家はどういうものであったのかを明らかにしたいと思いま す。 以下の参考文献に予めお目通しいただくと、 より深くご理解いただけるかと 思います。 参考文献: 藤田正勝著『西田幾多郎――生きることと哲学』(岩波新書) 第8章 「東洋と西洋のはざま」 藤田正勝著『人間・西田幾多郎――未完の哲学』(岩波書店) 第10章「時代のなかに立つ西田幾多郎」
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時代のなかに立つ西田幾多郎――晩年の政治・歴史・国家論(教室受講)

- 藤田 正勝/京都大学名誉教授
- 2025/09/23火
- 15:00〜16:30
- 全1回
- 会員 3,850円 / 一般 3,850円
西田幾多郎の哲学に関しては、初期の 「純粋経験」をめぐる思想や、 中期の 「場 所の論理」 がよく知られていますが、 西田は晩年にも、 「逆対応」 や 「平常底」 といった術語を使って興味深い宗教思想を展開しましたし、 現実の社会や政治、 歴史や国家の問題に関わる論考も数多く残しました。 西田の晩年は、日本が戦争へと突き進んでいった時代と重なります。 そのなか で西田は真剣に時代と向きあいました。 本講座では、 西田が「日本文化の問題」 や「世界新秩序の原理」 などの講演や論考において何を語ったのか、当時の政治 や歴史、国家の問題についてどのように考えていたのかを、当時の思想状況や政 治的状況を踏まえながら、 ていねいに見ていきたいと思います。 それを通して彼 がめざした政治や国家はどういうものであったのかを明らかにしたいと思いま す。 以下の参考文献に予めお目通しいただくと、 より深くご理解いただけるかと 思います。 参考文献: 藤田正勝著『西田幾多郎――生きることと哲学』(岩波新書) 第8章 「東洋と西洋のはざま」 藤田正勝著『人間・西田幾多郎――未完の哲学』(岩波書店) 第10章「時代のなかに立つ西田幾多郎」 (オンライン講座を併設します。オンライン受講は別ページからお申し込みください。)
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共生のための一神教理解に向けて (オンライン受講)
ユダヤ教文献と芸術をめぐる旅 9/24

- 勝又 悦子/同志社大学教授
- 2025/09/24水
- 13:00〜14:30
- 全1回
- 会員 3,630円 / 一般 3,630円
「書物の民」と称されるユダヤの民は、膨大な物語を生み出し継承することを拠り所としてその過酷な歴史を生き延びました。同時に、彼らは、多彩な表象芸術も残しています。物語と芸術が出会うところ、それは、様々な文化と人間のみの出会いの場です。彼らの物語、芸術を辿りながら、多様な文化と宗教の交錯を味わいます。 9月24日 共生のための一神教理解に向けて 今、対立がことさらに強調される風潮があります。中東の政治状況も然りです。しかし長い歴史の中でイスラーム教、ユダヤ教、キリスト教は、対立しつつも、実生活においては多分に共生をしてきました。ユダヤ教を中心に、この今の状況に、歴史が、文献が、芸術が何を示唆してくれているかを総括的に考えたいと思います。
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