8講座中 1〜8件を表示
- くずは教室
- 教室開催
ヒエログリフを読む
- 吹田 真里子/関西大学非常勤講師
- 2026/04/11土 〜 2026/06/13土
- 10:30〜12:00
- 全3回
- 会員 9,900円
エジプトの遺跡を訪れると、神殿の壁などに見事なレリーフとともに古代の象形文字であるヒエログリフを目にします。レリーフを見ているだけでも興味深いものですが、ヒエログリフが読めるようになると、古代エジプトをもっと身近に感じることができます。この講座では、中王国時代に書かれたとされている『シヌヘの物語』を読みながら文法を学んでいきます。この物語は、古代エジプト文学における傑作の一つとされており、中期エジプト語を勉強する際には、基本的な文献の一つです。 この講座は京都教室ですでに開講されていたため、物語はすでに3分の2ほど読み進めています。初めてこの講座を受講される方、もしくは初めてヒエログリフを学ばれる方は初回のみ授業前の30分間でヒエログリフのアルファベットなど説明させていただきます。※テキスト(中期エジプト語基礎文典)は教室内でお貸しします。
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- くずは教室
- 教室(事前選択講座)
7世紀の東アジアを考える 【教室受講】
- 田中 俊明/滋賀県立大学名誉教授
- 2026/04/24金 〜 2026/06/26金
- 13:00〜14:30
- 全3回
- 会員 9,900円
中国では、長い分裂の時代を経て、隋が南北を統一しました。それまで周辺の諸国は、中国の南北対立の状況を利用した外交を進め、それぞれの生き延びる道を模索していましたが、ひとつの中国と向き合い対峙する形勢になりました。高句麗・百済・新羅は、隋・唐や日本を巻き込んだかたちの改編が進み、新羅が半島なかばを領有するようになります。その過程と結果をみていきたいと思います。すでに隋代を経て、唐代にはいっています。今期は、7世紀なかばの諸問題について述べたいと思います。 善徳王の登場 4/24 善徳王は女王です。新羅では全体で3人の女王がいましたが、その最初です。前王真平王に男子がいなくて、むすめが継いだものです。甥の金春秋は、即位してもいい年齢でしたが、問題があって先送りされました。この最初の女王の統治についてみていきます。 真徳王と対唐従属 5/22 善徳王を継いだのも女王の真徳王です。善徳王が内乱のなかで倒れたあと、すでに実力をもっていた金春秋(武烈王)と金庾信とが擁立しました。百済の脅威が迫るなかで、唐と結んでそれと対抗します。 新羅木簡の世界 6/26 新羅においても木簡が出土しています。まだ全体としても600点余程度です。多くは地方にあたる咸安の城山山城から出土したもので、半数を占めます。それ以外、新羅王都からも出土していますが、ほかの地方からも出土しています。その概要について述べます。
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- オンライン(事前選択講座)
7世紀の東アジアを考える(オンライン受講)
- 田中 俊明/滋賀県立大学名誉教授
- 2026/04/24金 〜 2026/06/26金
- 13:00〜14:30
- 全3回
- 会員 9,900円
中国では、長い分裂の時代を経て、隋が南北を統一しました。それまで周辺の諸国は、中国の南北対立の状況を利用した外交を進め、それぞれの生き延びる道を模索していましたが、ひとつの中国と向き合い対峙する形勢になりました。高句麗・百済・新羅は、隋・唐や日本を巻き込んだかたちの改編が進み、新羅が半島なかばを領有するようになります。その過程と結果をみていきたいと思います。すでに隋代を経て、唐代にはいっています。今期は、7世紀なかばの諸問題について述べたいと思います。 善徳王の登場 4/24 善徳王は女王です。新羅では全体で3人の女王がいましたが、その最初です。前王真平王に男子がいなくて、むすめが継いだものです。甥の金春秋は、即位してもいい年齢でしたが、問題があって先送りされました。この最初の女王の統治についてみていきます。 真徳王と対唐従属 5/22 善徳王を継いだのも女王の真徳王です。善徳王が内乱のなかで倒れたあと、すでに実力をもっていた金春秋(武烈王)と金庾信とが擁立しました。百済の脅威が迫るなかで、唐と結んでそれと対抗します。 新羅木簡の世界 6/26 新羅においても木簡が出土しています。まだ全体としても600点余程度です。多くは地方にあたる咸安の城山山城から出土したもので、半数を占めます。それ以外、新羅王都からも出土していますが、ほかの地方からも出土しています。その概要について述べます。
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- 見逃し配信あり
- くずは教室
- オンライン開催
ヒエログリフ入門編 【オンライン受講】
- 吹田 真里子/関西大学非常勤講師
- 2026/06/03水 〜 2026/06/17水
- 13:00〜14:30
- 全2回
- 会員 6,600円 / 一般 7,260円
エジプトの神殿や記念碑にはレリーフとともに古代の象形文字であるヒエログリフが書かれています。アルファベットは24文字からなっていますが、象形文字自体は800文字近く存在します。表音と表意文字が存在しており、漢字を有する日本人にとってはどこか親しみを感じるのではないでしょうか。2回で完結するこの講座では、1回目の講義でアルファベットを学び、カルトゥーシュ(王名枠)の中に書かれている王名を読むことで文字と音に慣れます。そして2回目の講義で文章の成り立ちを学び、実際に書かれていた短い文章を読んでみましょう。
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- 見逃し配信あり
- くずは教室
- 教室開催
ヒエログリフを読む
- 吹田 真里子/関西大学非常勤講師
- 2026/07/11土 〜 2026/09/12土
- 10:30〜12:00
- 全3回
- 会員 9,900円
エジプトの遺跡を訪れると、神殿の壁などに見事なレリーフとともに古代の象形文字であるヒエログリフを目にします。レリーフを見ているだけでも興味深いものですが、ヒエログリフが読めるようになると、古代エジプトをもっと身近に感じることができます。この講座では、中王国時代に書かれたとされている『シヌヘの物語』を読みながら文法を学んでいきます。この物語は、古代エジプト文学における傑作の一つとされており、中期エジプト語を勉強する際には、基本的な文献の一つです。 この講座は京都教室ですでに開講されていたため、物語はすでに3分の2ほど読み進めています。初めてこの講座を受講される方、もしくは初めてヒエログリフを学ばれる方は初回のみ授業前の30分間でヒエログリフのアルファベットなど説明させていただきます。※テキスト(中期エジプト語基礎文典)は教室内でお貸しします。
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- 教室開催
ヒエログリフを読む1日体験
- 吹田 真里子/関西大学非常勤講師
- 2026/07/11土
- 10:00〜12:00
- 全1回
- 会員 3,300円 / 一般 3,300円
エジプトの遺跡を訪れると、神殿の壁などに見事なレリーフとともに古代の象形文字であるヒエログリフを目にします。レリーフを見ているだけでも興味深いものですが、ヒエログリフが読めるようになると、古代エジプトをもっと身近に感じることができます。この講座では、中王国時代に書かれたとされている『シヌヘの物語』を読みながら文法を学んでいきます。この物語は、古代エジプト文学における傑作の一つとされており、中期エジプト語を勉強する際には、基本的な文献の一つです。 この講座は京都教室ですでに開講されていたため、物語はすでに3分の2ほど読み進めています。初めてこの講座を受講される方、もしくは初めてヒエログリフを学ばれる方は初回のみ授業前の30分間でヒエログリフのアルファベットなど説明させていただきます。※テキスト(中期エジプト語基礎文典)は教室内でお貸しします。
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- 教室(事前選択講座)
7世紀の東アジアを考える 【教室受講】
- 田中 俊明/滋賀県立大学名誉教授
- 2026/07/24金 〜 2026/09/25金
- 13:00〜14:30
- 全3回
- 会員 9,900円
唐は、640年までかけて北の強敵東突厥および鉄勒・吐蕃などを抑えることに成功し、その後、東の高句麗に目を向けるようになります。唐の脅威に対抗し、高句麗と百済が連係し、残された新羅は唐との関係を強めます。倭は古くからの関係もあって百済側に立ちます。今期はそうした7世紀なかばの問題、唐との対立のなかでの百済・高句麗をとりあげます。東北アジアが大きく戦乱に向かっていく時期にあたります。その勝者は新羅でした。百済・高句麗を滅ぼしさらに連合していた唐の勢力を半島から駆逐して三国統一を果たすのです。その過程を詳しくみていきます。 金春秋の即位と百済滅亡 7/24 金春秋がようやく即位(武烈王)し、金庾信とともに両輪体制で、新羅の三国統一を進めます。金春秋は外交、金庾信は軍事をにないました。金春秋は、高句麗・唐にも行き、日本にも来て連係を求めます。唐との連合のもと、まず百済を滅ぼします。その経過についてみていきます。 熊津都督府の設置 8/28 新羅と連合して百済を滅ぼした唐は、百済のキに熊津都督府を設置し、旧百済領を統治しようとしました。しかしそれは新羅の思惑とは異なっており、対立含みになりますが、すぐに百済遺民の抵抗運動が起こり、唐・新羅の戦争は先送りになります。 淵蓋蘇文の死と高句麗の滅亡 9/25 高句麗では、666年ころに蓋蘇文が死んで、長子の男生がその地位を受け継ぎますが、その弟男建・男産とのあいだで対立が起こり、男生が唐軍を引き入れます。そのため唐軍が容易に高句麗王都に入り、高句麗が滅亡します。その経過についてみていきます。
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- 2026夏クーポン対象
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7世紀の東アジアを考える(オンライン受講)
- 田中 俊明/滋賀県立大学名誉教授
- 2026/07/24金 〜 2026/09/25金
- 13:00〜14:30
- 全3回
- 会員 9,900円
唐は、640年までかけて北の強敵東突厥および鉄勒・吐蕃などを抑えることに成功し、その後、東の高句麗に目を向けるようになります。唐の脅威に対抗し、高句麗と百済が連係し、残された新羅は唐との関係を強めます。倭は古くからの関係もあって百済側に立ちます。今期はそうした7世紀なかばの問題、唐との対立のなかでの百済・高句麗をとりあげます。東北アジアが大きく戦乱に向かっていく時期にあたります。その勝者は新羅でした。百済・高句麗を滅ぼしさらに連合していた唐の勢力を半島から駆逐して三国統一を果たすのです。その過程を詳しくみていきます。 金春秋の即位と百済滅亡 7/24 金春秋がようやく即位(武烈王)し、金庾信とともに両輪体制で、新羅の三国統一を進めます。金春秋は外交、金庾信は軍事をにないました。金春秋は、高句麗・唐にも行き、日本にも来て連係を求めます。唐との連合のもと、まず百済を滅ぼします。その経過についてみていきます。 熊津都督府の設置 8/28 新羅と連合して百済を滅ぼした唐は、百済のキに熊津都督府を設置し、旧百済領を統治しようとしました。しかしそれは新羅の思惑とは異なっており、対立含みになりますが、すぐに百済遺民の抵抗運動が起こり、唐・新羅の戦争は先送りになります。 淵蓋蘇文の死と高句麗の滅亡 9/25 高句麗では、666年ころに蓋蘇文が死んで、長子の男生がその地位を受け継ぎますが、その弟男建・男産とのあいだで対立が起こり、男生が唐軍を引き入れます。そのため唐軍が容易に高句麗王都に入り、高句麗が滅亡します。その経過についてみていきます。
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