10講座中 1〜10件を表示
- 中之島教室
- オンライン(事前選択講座)
聖書は世界をどう見るか(オンライン受講)
礼拝の場所
- 中村 信博/同志社女子大学名誉教授
- 2026/04/16木 〜 2026/06/18木
- 15:00〜16:30
- 全3回
- 会員 10,230円
聖書の物語において、「神を礼拝する場所」は、単なる宗教施設にとどまりません。社会のかたちや人びとの生活を映し出す場でもありました。荒れ野に設けられた幕屋(移動式の聖所)は、シナイで結ばれた神とイスラエルの契約を記憶し、神が民とともに歩まれることを象徴する場でもありました。やがてエルサレムに築かれた神殿は、王権と国家を支える宗教的・政治的中枢となりますが、同時に、権力と信仰の緊張や歪みを露呈することにもなりました。 本講座では、聖書を読み解きながら「神を礼拝する」とはどのようなことなのかを問い直します。礼拝の場所は特別な建物の内部に限られるのか。あるいは、日々の暮らしのただ中で、弱さを抱えた人びとが出会う場そのものが、新たな聖所となりうるのか。古代イスラエルからイエスに至る物語を手がかりに、現代社会における宗教の公共性についても考えてみたいと思います。 第1回(4/16)臨在の幕屋(旧約聖書・出エジプト記33章7〜11節) 第2回(5/21)ソロモンの祈り(旧約聖書・列王記上8章22〜55節) 第3回(6/18)イエスの礼拝観(新約聖書・マルコによる福音書11章15〜19節)
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- 中之島教室
- 教室(事前選択講座)
聖書は世界をどう見るか(教室受講)
礼拝の場所
- 中村 信博/同志社女子大学名誉教授
- 2026/04/16木 〜 2026/06/18木
- 15:00〜16:30
- 全3回
- 会員 10,230円
聖書の物語において、「神を礼拝する場所」は、単なる宗教施設にとどまりません。社会のかたちや人びとの生活を映し出す場でもありました。荒れ野に設けられた幕屋(移動式の聖所)は、シナイで結ばれた神とイスラエルの契約を記憶し、神が民とともに歩まれることを象徴する場でもありました。やがてエルサレムに築かれた神殿は、王権と国家を支える宗教的・政治的中枢となりますが、同時に、権力と信仰の緊張や歪みを露呈することにもなりました。 本講座では、聖書を読み解きながら「神を礼拝する」とはどのようなことなのかを問い直します。礼拝の場所は特別な建物の内部に限られるのか。あるいは、日々の暮らしのただ中で、弱さを抱えた人びとが出会う場そのものが、新たな聖所となりうるのか。古代イスラエルからイエスに至る物語を手がかりに、現代社会における宗教の公共性についても考えてみたいと思います。 第1回(4/16)臨在の幕屋(旧約聖書・出エジプト記33章7〜11節) 第2回(5/21)ソロモンの祈り(旧約聖書・列王記上8章22〜55節) 第3回(6/18)イエスの礼拝観(新約聖書・マルコによる福音書11章15〜19節)
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- 中之島教室
- オンライン(事前選択講座)
聖書とその周辺世界(オンライン受講)
アッシリア
- 勝村 弘也/神戸松蔭女子学院大学名誉教授
- 2026/07/01水 〜 2026/09/02水
- 13:00〜14:30
- 全3回
- 会員 10,230円
聖書の世界を古代エジプト、メソポタミア、ギリシャの文学や芸術との関係で見てゆきます。19世紀以来、バビロニアの神話が旧約聖書に大きな影響を与えたとする学説があって論争となりました。現在ではエジプト文明との関連だけではなく、ギリシャ文学と旧約の歴史文学の関係に注目する学者も登場しています。これらの問題を多角的に考察します。 ※今回からvimeoでの配信に変更いたしました。 <各回テーマ> 7月1日 アッシリアによるエルサレム攻囲 8月5日 アッシリアの衰退とユダ王国 9月2日 新バビロニアの台頭とユダ王国
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- 見逃し配信あり
- 中之島教室
- 教室(事前選択講座)
聖書とその周辺世界(教室受講)
アッシリア
- 勝村 弘也/神戸松蔭女子学院大学名誉教授
- 2026/07/01水 〜 2026/09/02水
- 13:00〜14:30
- 全3回
- 会員 10,230円
聖書の世界を古代エジプト、メソポタミア、ギリシャの文学や芸術との関係で見てゆきます。19世紀以来、バビロニアの神話が旧約聖書に大きな影響を与えたとする学説があって論争となりました。現在ではエジプト文明との関連だけではなく、ギリシャ文学と旧約の歴史文学の関係に注目する学者も登場しています。これらの問題を多角的に考察します。 <各回テーマ> 7月1日 アッシリアによるエルサレム攻囲 8月5日 アッシリアの衰退とユダ王国 9月2日 新バビロニアの台頭とユダ王国
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- 中之島教室
- オンライン(事前選択講座)
聖書とその周辺世界1日特別体験(オンライン受講)
アッシリアによるエルサレム攻囲
- 勝村 弘也/神戸松蔭女子学院大学名誉教授
- 2026/07/01水
- 13:00〜14:30
- 全1回
- 会員 3,410円 / 一般 3,410円
聖書の世界を古代エジプト、メソポタミア、ギリシャの文学や芸術との関係で見てゆきます。19世紀以来、バビロニアの神話が旧約聖書に大きな影響を与えたとする学説があって論争となりました。現在ではエジプト文明との関連だけではなく、ギリシャ文学と旧約の歴史文学の関係に注目する学者も登場しています。これらの問題を多角的に考察します。 ※今回からvimeoでの配信に変更いたしました。 <テーマ> 7月1日 アッシリアによるエルサレム攻囲
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- 見逃し配信あり
- 中之島教室
- 教室(事前選択講座)
聖書とその周辺世界1日特別体験(教室受講)
アッシリアによるエルサレム攻囲
- 勝村 弘也/神戸松蔭女子学院大学名誉教授
- 2026/07/01水
- 13:00〜14:30
- 全1回
- 会員 3,410円 / 一般 3,410円
聖書の世界を古代エジプト、メソポタミア、ギリシャの文学や芸術との関係で見てゆきます。19世紀以来、バビロニアの神話が旧約聖書に大きな影響を与えたとする学説があって論争となりました。現在ではエジプト文明との関連だけではなく、ギリシャ文学と旧約の歴史文学の関係に注目する学者も登場しています。これらの問題を多角的に考察します。 <テーマ> 7月1日 アッシリアによるエルサレム攻囲
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- 残りわずか
- 中之島教室
- オンライン(事前選択講座)
聖書は世界をどう見るか1日特別体験 (オンライン受講)
被造世界のなかで
- 中村 信博/同志社女子大学名誉教授
- 2026/07/16木
- 15:00〜16:30
- 全1回
- 会員 3,410円 / 一般 3,410円
私たちは日頃、自然を美しいもの、心を和ませるものとして受けとめながら、しばしば自らの心の動きを自然の姿に重ねることがあります。しかし聖書は、自然を単なる鑑賞の対象としてのみ見ていません。人間は自然のただなかで生き、自然は日々の営みの舞台となるものとして捉えてきたのです。 今期の講座では、旧約聖書と新約聖書から三つの箇所を取り上げて、聖書における自然観と、そのなかで生きる人間のあり方を考えてみます。第1回「世界はだれのものか」では、詩編104編を読み解き、空や海、草木や生きものを包む世界の豊かさと、それが神による被造世界であると考えられてきたことの意味を探ります。 日本の伝統的自然観も参照しながら、被造世界のなかに生きる私たち自身について、ともに考えたいと思います。 第1回(7/16)世界はだれのものか(旧約聖書・詩編104編)
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- 中之島教室
- 教室(事前選択講座)
聖書は世界をどう見るか1日特別体験 (教室受講)
被造世界のなかで
- 中村 信博/同志社女子大学名誉教授
- 2026/07/16木
- 15:00〜16:30
- 全1回
- 会員 3,410円 / 一般 3,410円
私たちは日頃、自然を美しいもの、心を和ませるものとして受けとめながら、しばしば自らの心の動きを自然の姿に重ねることがあります。しかし聖書は、自然を単なる鑑賞の対象としてのみ見ていません。人間は自然のただなかで生き、自然は日々の営みの舞台となるものとして捉えてきたのです。 今期の講座では、旧約聖書と新約聖書から三つの箇所を取り上げて、聖書における自然観と、そのなかで生きる人間のあり方を考えてみます。第1回「世界はだれのものか」では、詩編104編を読み解き、空や海、草木や生きものを包む世界の豊かさと、それが神による被造世界であると考えられてきたことの意味を探ります。 日本の伝統的自然観も参照しながら、被造世界のなかに生きる私たち自身について、ともに考えたいと思います。 第1回(7/16)世界はだれのものか(旧約聖書・詩編104編)
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- 中之島教室
- オンライン(事前選択講座)
聖書は世界をどう見るか(オンライン受講)
被造世界のなかで
- 中村 信博/同志社女子大学名誉教授
- 2026/07/16木 〜 2026/09/17木
- 15:00〜16:30
- 全3回
- 会員 10,230円
私たちは日頃、自然を美しいもの、心を和ませるものとして受けとめながら、しばしば自らの心の動きを自然の姿に重ねることがあります。しかし聖書は、自然を単なる鑑賞の対象としてのみ見ていません。人間は自然のただなかで生き、自然は日々の営みの舞台となるものとして捉えてきたのです。 今期の講座では、旧約聖書と新約聖書から三つの箇所を取り上げて、聖書における自然観と、そのなかで生きる人間のあり方を考えてみます。第1回「世界はだれのものか」では、詩編104編を読み解き、空や海、草木や生きものを包む世界の豊かさと、それが神による被造世界であると考えられてきたことの意味を探ります。第2回「すべては時のなかで」では、コヘレトの言葉3章1〜13節を通して、移ろう時のなかに置かれて生きる人間の姿を、東洋的思惟とも比較しながら考えます。第3回「思い煩いのむこうがわ」では、マタイによる福音書6章25〜34節を取り上げ、空の鳥や野の花に目を向けながら、不安の時代を生きる人間のあり方を、不安の背景にも目を向けながら現代の課題として問い直します。 日本の伝統的自然観も参照しながら、被造世界のなかに生きる私たち自身について、ともに考えたいと思います。 第1回(7/16)世界はだれのものか(旧約聖書・詩編104編) 第2回(8/20)すべては時のなかで(旧約聖書・コヘレトの言葉 3章1〜13節) 第3回(9/17)思い煩いのむこうがわ(新約聖書・マタイによる福音書 6章25〜34節)
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- 中之島教室
- 教室(事前選択講座)
聖書は世界をどう見るか(教室受講)
被造世界のなかで
- 中村 信博/同志社女子大学名誉教授
- 2026/07/16木 〜 2026/09/17木
- 15:00〜16:30
- 全3回
- 会員 10,230円
私たちは日頃、自然を美しいもの、心を和ませるものとして受けとめながら、しばしば自らの心の動きを自然の姿に重ねることがあります。しかし聖書は、自然を単なる鑑賞の対象としてのみ見ていません。人間は自然のただなかで生き、自然は日々の営みの舞台となるものとして捉えてきたのです。 今期の講座では、旧約聖書と新約聖書から三つの箇所を取り上げて、聖書における自然観と、そのなかで生きる人間のあり方を考えてみます。第1回「世界はだれのものか」では、詩編104編を読み解き、空や海、草木や生きものを包む世界の豊かさと、それが神による被造世界であると考えられてきたことの意味を探ります。第2回「すべては時のなかで」では、コヘレトの言葉3章1〜13節を通して、移ろう時のなかに置かれて生きる人間の姿を、東洋的思惟とも比較しながら考えます。第3回「思い煩いのむこうがわ」では、マタイによる福音書6章25〜34節を取り上げ、空の鳥や野の花に目を向けながら、不安の時代を生きる人間のあり方を、不安の背景にも目を向けながら現代の課題として問い直します。 日本の伝統的自然観も参照しながら、被造世界のなかに生きる私たち自身について、ともに考えたいと思います。 第1回(7/16)世界はだれのものか(旧約聖書・詩編104編) 第2回(8/20)すべては時のなかで(旧約聖書・コヘレトの言葉 3章1〜13節) 第3回(9/17)思い煩いのむこうがわ(新約聖書・マタイによる福音書 6章25〜34節)
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